不運の伝承

 アニメ17期(保健室の昼寝の段)を見ても、落乱46巻を見ても、乱太郎と左近のコンビがどうにもほほえましくて、なにか書きたくなってしまいました。

 左近たち二年生は、初期は一年生を何かとからかうキャラだったようですが、最近はあまりそういう位置づけではないようです。というわけで、左近もちょっとだけ乱太郎たちのお兄さんなキャラにしてみました。

 お2人には、今回はちょっとばかり冒険してもらいます。学園に戻ったとき、左近はきっと少し、より頼りがいのあるお兄さんになっていることと思われます。

 

 

   1  

 

 

「とほほ~い、左近先輩、本格的に迷ってしまいましたよ…」
 乱太郎が心細げな声を出す。
「どうやらそうみたいだな」
 左近も不安げに辺りを見回す。
「どうしましょう?」
「んなこと僕に言われたって…」
 山道に霧がかかり、急速に薄暗くなっていく。身を寄せてくる乱太郎の肩をしっかりと引き寄せながら、左近もまた不安に押しつぶされそうになっている。2人が背負った竹篭ががりがりと擦れ合う。

 


 2人は、保健委員全員で薬草採りに出かけた先で、突然の濃霧に巻かれてはぐれてしまったのだった。

 


 -それにしても、三郎次の言った通りになっちゃったな…。
 次第に足元も覚束なくなるほど濃く立ち込めてきた霧に、左近は、今朝ほど、教室で三郎次と交わした会話を思い出す。
「左近、今日の放課後、空いてるか?」
 授業を前に急いで墨を磨っている左近に、机に片肘をついた三郎次が話しかけてきた。
「今日?」
 手を止めた左近は、視線を宙に泳がす。
「そうだ、ごめん。今日の放課後は、保健委員会で薬草採りに行くことになっていたんだ。急ぎの用事?」
「いや、そういうわけじゃないけど、忍者が使う薬草についての自由研究の課題があったろ? ちょっと左近の知恵を借りたかったからさ」
「そっか。そしたら、帰って来てからでもいいかな。夕方までには戻ってくる予定だから」
「分かった。それじゃ、晩飯のあとにでも、頼むよ」
「いいよ」
「それにしても、だいじょうぶなのか」
 ふたたび墨を持つ手を動かし始めた左近は、三郎次の声に顔を上げる。
「なにがさ」
「保健委員会だけで山に入るなんて、危ないんじゃないかってこと。なんたって不運な忍たまの集まる保健委員会なんだぜ。全員で遭難しちゃったりしてな」
「んなわけないだろう。今までだってなんども薬草採りに山に入っているんだ。それで遭難したことなんて、一度だってないんだし」
 まあ、ちょっとばかり滑ったり転んだりくらいなことはあるけどね、と付け加えて、左近は軽く笑う。
「ほらみろ、やっぱ不運じゃないか…やっぱ、不運体質だな」
 三郎次がおかしそうに言う。
「なんだよ、その不運体質って」
「保健委員会の不運は、ほとんど体質みたいなもんだってことさ」
「冗談いうなよ。不運が体質にされたんじゃたまんないよ」
 左近がぼやく。たしかに頷けるものがある、と半ば納得しながら。
「だろ? だから、気をつけろってこと」
「大きなお世話だ…黙んないと、お前の顔で墨すってやるぞ!」
 ぐいと墨を持った手を三郎次の方に突き出す。
「おっと…わかったわかった。悪かったよ」
 ひょいとその手をよけながら、三郎次が笑う。

 


 -急に霧に巻かれたとはいえ、まさか、ホントにこうなっちゃうとはな…。
 さてどうするか。左近は思案する。今のところ、後輩の乱太郎を保護する責任は自分にある。
 -いつもは生意気な一年ボーズだけど、こういうときは、僕がきちんとリードしてやらないといけないからな。
 そう思うことで、不安感から意識をそらそうとする。
 突然、足元で大きな羽音がした。
 ケーン、ケーンと鋭い鳴き声をたてて、キジが飛び立っていった。
「うわ~っ!」
 思わず大声を上げて互いにしがみつく。
「ああ、びっくりしたなぁもう」
 もう乱太郎は、左近の制服の袖を離そうとしない。
「しっかりしろ、乱太郎。霧はすぐ晴れるから、それまではあまり動かない方がいい」
 -そうだ。まずは、下手に動き回って遭難しないようにしなければ。それに、乱太郎も安心させないといけないし…。

 

 

「待て」
 不意に背後から野太い声がかかって、2人はおもわず硬直した。
「だ、誰だ…」
 こわごわと振り返りながらも、左近が気丈に声を上げる。
「ひとの領地に不法侵入しておいて、なにを寝ぼけたことを言っている」
 霧の中から姿を現せた忍装束の男たちに、乱太郎が思わず上ずった声をあげる。
「おま、おまえたちは、ド、ドクササコ忍者…」
「そうだ。そういうお前たちは、いつもわれわれの任務を邪魔している忍術学園の忍たまどもだな…とくにお前」
 話している男の指が、まっすぐ乱太郎を指す。
「え…、わ、わたし!?」
「おまえのことはよく憶えているぞ。打命寺への競争のとき、さんざん足を引っ張ってくれたからな」
「あ、あのときの…白目さん!?」
「なにが白目だ!」
 男が声を荒げる。
「まあいい…お前たちがここでなにをしていたか、あとでゆっくり聞かせてもらおう…こいつらを捕まえろ!」
 抵抗するまもなく、乱太郎と左近は縛り上げられてしまう。

 


(どうしましょう、左近先輩…)
(僕に言われたって分からないよ…それより、荷物がまずすぎる)
 ドクササコ忍者に連行されながら、左近と乱太郎がひそひそと言葉を交わす。
(どういうことですか?)
(忘れたのか? 僕たちが採集していたのは、トリカブトとかヤマゴボウとかドクウツギとか、毒草ばっかりなんだぞ…)
(あ…)
 薬草を採る山に着いたところで、薬草ごとに担当に分かれたあとに、2人ははぐれてしまったのだった。
(どうしましょう? バレちゃいますかね)
(バレるにきまってるだろう?)
(どうするんですか?)
(そんなこと、僕が知るわけないだろ)
(ふだんは私たち一年生に威張ってるくせに)
(うるさい!)
「なにをごそごそ話している!」
 2人のすぐ後ろを歩くドクササコ忍者が縄を引く。
「え…い、いやぁ、本日はお日柄もよく…」
 乱太郎が引きつった笑いを浮かべながら、取り繕うように言う。
「こんな霧がたちこめていて、なにをわけ分からんことを言っている。とっとと歩け」
 背中を小突かれて、乱太郎たちは仕方なくまた歩き始める。

 


 2人が連行されたのは、ドクササコの出城だった。
「お子さま忍者が毒草採取とは穏やかではないな」
 2人が引き据えられた部屋にやってきた、上役らしいドクササコ忍者が口をゆがめる。
「言え、何のために毒草など集めていた」
「そんなこと、お前たちに言えるわけないだろ」
 左近が声を張りあげる。
「忍術学園が、あえて忍たまに毒草を集めさせるのはなぜなのだ。答えろ」
「僕たち忍たまが、何の目的かなんて聞いていると思うのか」
 縛られながらも、身体を前に突き出して言い募る左近は、いつのまにか乱太郎を庇うような体勢になっている。
 -左近先輩…。
 乱太郎は、思わず左近の紅潮した頬を見つめる。
「どうかな…どうしても言えぬというなら、身体に聞くまでだが」
 上役の忍がにやりと歯を見せるが、左近はひるまない。
「煙責めだろうが、水責めだろうが、やれるもんならやってみろ! 僕たちはそんなの慣れっこなんだからな!」
「そんなのに慣れている訳があるまい。でまかせも大概にするのだな」
「そうでもないよ…なんたってうちの学園長先生は、忍たまのいる部屋に煙玉を投げ込んだり、水没させるくらいのことは当たりまえでされる方だから…ねえ、先輩」
「ああ、そうさ。うちの学園長先生は超スパルタ教育だから、そんな程度のことくらいで口を割るなんて思われちゃ困るね」
 乱太郎と左近の台詞に、明らかにドクササコ忍者たちのあいだに動揺がはしった。 
(どういうことだ。あの年で、そんな拷問に慣れていると言い切るとは)
(惑わされるな。相手は子どもとはいえ忍たまだ。我らを混乱させるつもりなのかも知れぬ)
(それにしては、妙にリアリティがあるが)
(いったい、忍術学園ではなにを教えているのだ)
 背後でごそごそと話し始めた部下を尻目に、わざとらしく咳払いをした上役は、取り繕うように言う。
「まあよい。今日のところは、このくらいで勘弁してやる…お客人には客殿でゆっくり休んでもらうこととしよう。続きは明日だ」
 乱太郎と左近は、地下牢に放り込まれた。
「いてて…」
「だいじょうぶか、乱太郎」
 後ろ手に縛られたまま床に転がされた2人は、助け合ってなんとか上体を起こすことができた。
「なにが客殿だよ。こんなところに押し込んでおいて」
 乱太郎がぶつくさ言う。
「参ったなぁ…苦無も小しころも、ぜんぶ取り上げられちゃったよ…」
 天井を見上げながら、左近もぼやく。牢に入れられる前に身体検査されて、隠し持っていた忍器は全て取り上げられていた。
「それにしても乱太郎、お前、ホントに忍器をひとっつも持ってなかったのかよ。よっぽどうまく隠したかと思われて、僕まで徹底的に調べられちゃったじゃないか」
「へへ…それがは組のお約束ですから…」
 乱太郎が照れ笑いを浮かべる。
「なにがお約束だよ、まったく」
 左近の忍装束からは手裏剣や鉤縄などの忍器が次々と出てきたのに対し、乱太郎から出てきたのは算数のテストの答案用紙と折れた石筆だけだった。怪しんだドクササコ忍者たちによって、2人は髻(もとどり)から褌まで徹底的に調べられてしまったのだった。
「だいたい、なんで算数のテストなのさ」
「いやあ…昨日、たまたま返されたのをしまったまま忘れてたんです」
「それも8点なんて、よくあんな点数が取れるな…一緒にいる僕のほうが恥ずかしかったぞ」
 素っ裸に剥かれるだけでもじゅうぶん恥ずかしいのに…まったく乱太郎といるとロクなことがない。左近はため息をつく。そのテストすら何かの暗号表と思われて、2人の身体検査は厳重さを極めたのだった。
「それにしても、どうしましょう、先輩」
「どうするもこうするも、いまは助けを待つしかないだろ」
「助けに来てくれますかね」
「来てくれるさ、きっと」

 


「乱太郎~、左近~、どこにいる~!」
 乱太郎と左近がはぐれたことが分かった時点で、数馬と伏木蔵を学園に連れ帰り、学園長たちに事の顛末を報告した伊作は、再び山に戻っていた。声をからして乱太郎と左近の名を呼ぶ。
「君の後輩は、ドクササコ忍者に捕まったよ」
 がさがさと藪が動いたと思うと、伊作の前に黒装束の男が姿を現した。
「あなたは…雑渡昆奈門さん!」
 驚きと同時に、内心期待していた相手が現れたことで、伊作の声が安堵を帯びる。
「道に迷っている間にドクササコの領地に紛れ込んでしまったようだね」
 雑渡が淡々と説明する。
「えっ、それは大変だ! 助けに行かないと!」
 伊作の顔色が変わる。
「彼らの救出は、私たちがやる」
「しかし…」
「ドクササコは危険な相手だ。君の手に負える相手ではない」
「お願いします! 私も連れて行ってください!」
 伊作が叫ぶ。
「だめだ」
「お願いします! 後生ですから!」
 平伏する伊作に、雑渡の眼が見開かれる。
「どうして、そんなに行きたがるのかね、危険なことなのに」
「それは…」
 顔を上げた伊作が、雑渡の眼をまっすぐ見上げる。
「それは、左近も乱太郎も、保健委員で、私の大切な後輩だからです!」
「だから…行くというのかね」
「はい」
 ふむ、と少し考えた雑渡だったが、不意に腰を落として伊作の肩に手を置く。
「やはり、君は連れて行けない。それより、学園に残った後輩たちを安心させてやるのが、君の大切な役割なのではないかな」
「私の…大切な役割?」
「そうだ。安心しろ、君の後輩は、私たちが必ず助け出す。君は君の役割を果たすべきだ。じゃ」
 ふっと雑渡は姿を消した。
「え…その、じゃって…」
 惑乱する伊作が、あとに残される。

 


「左近先輩…」
「どうだ、ほどけそうか?」
 牢の中では、乱太郎と左近が背中を寄せ合っていた。乱太郎が左近の縄を解こうとしていたが、後ろ手に縛られていて指が自由にならず、苦戦していた。
「…ムリっぽいです」
「そうか…もういいぞ」
 肩で乱太郎の背を軽く押して、これ以上やらなくていい、と意思を示す。
「どうしましょうか?」
 乱太郎が困惑顔で見上げる。
「そうだな…」
 -こんなとき、三郎次ならどうするかな…。
 不意に、よく陽灼けした同級生の顔が、左近の脳裏に明滅する。
 三郎次は、二年生の仲間たちのなかでも、左近にとってはいちばん頼れる存在だった。
 -三郎次は、いつもしっかりしているから…。

 


 -三郎次なら、きっと、まずは乱太郎を安心させるところから始めるだろう。
 そう思った。
「まあとにかく、今日のところは寝るしかない。乱太郎。疲れてるだろうから、先に寝ろ」
「でも、左近先輩は?」
「僕は大丈夫だから。寒かったら、僕に寄っかかればいい」
「でも…」
「どうした」
「やっぱり眠れそうにありません」
「どうしてだ」
「こんな状況じゃとても眠れませんし、明日、何されるかと思ったら、それだけでも不安だし…」
「気にするな。こんな状態で寝るのはたしかに難しいけど、ちゃんと寝ておかないと、いざというときに集中力がもたなくなるからな」
「でも…それは分かりましたけど、明日、またドクササコの取調べがあるんですよ? こんどこそ痛いことされたりするんじゃないですか…?」
「そうかもしれない…でも、安心しろ。乱太郎には指一本触れさせないから」
「先輩…?」
 乱太郎が思わず左近の顔を覗き込む。その意外そうな顔に笑いかけながら、左近は続ける。
「あいつらは僕が引き受ける。ちょっとくらい痛い目にあったって、そんなの保健委員の不運に比べればたいしたことないから大丈夫さ…だから、安心して、今のうちに寝ておくんだ」
 そう言う左近自身に不安がないわけがなかった。明日の取調べでどんな目に遭うのかと考えただけで鳥肌が立つ思いだったし、そもそも囚われの身では、乱太郎を庇いきれる自信もなかった。それでも、いまは乱太郎を安心させて、少しでも眠らせることが必要だと思っていた。
 -これでも僕は、乱太郎の先輩なんだ…先輩らしいところを見せてやらないと。
 そう自分を鼓舞しながら、左近はなおも次の作戦を考えあぐねる。
 -僕たちをいつまでも捕まえていても、何も出てこないことはあいつらにもすぐに分かるはずだ。そうだとすれば次にあいつらがやりそうなことは…。
 


 -あいつらは、きっと僕たちを人質に、学園を脅迫するつもりだ。
 そうすれば、学園を挙げて救出活動が始まるだろう。事によってはドクササコと一戦交えることもあるかもしれない。その代わり…
 -その代わり、こんなことになった責任を、委員長の善法寺先輩や、顧問の新野先生が問われるかもしれない。
 それも大いにありうることだった。その結果、伊作の退学や新野の退任という事態になるかもしれなかった。
 -そんなことだけは、絶対に避けないと…。
 ではどうするか。
 -だけど、僕たちの素性がバレている以上、このままだと学園に手出しされてしまう…。
 つい、また同級生の顔を思い浮かべてしまう。
 -三郎次、お前だったら、こんなとき、どうする?
 不意に、三郎次の声が聞こえたような気がした。
 -松千代先生の授業を忘れたのか? 忍は相手の反応をよく観察することが一番大切なんだぞ。相手が何に一番関心を示したか、何を見逃したか、ぜったいに見逃してはいけないとお話されていたのを思い出すんだ…。

 


 -そうだ、あの乱太郎のテストだ! あいつらがあれを暗号表と思っているなら、それを利用するんだ!
 乱太郎の制服の懐からテスト用紙を見つけたときのドクササコ忍者の反応を思い出しながら、左近は考えを巡らせる。
 -あいつら、乱太郎のテストを暗号文と思い込んで、ずいぶん他の暗号文や解読用の文書を探していたから…。
 そのために、襟や髻など、おおよそ文書を隠しそうなところから褌に至るまで徹底的に調べられてしまったのだが。
 -暗号なんてどうせ解けっこないんだから、きっと次は、暗号文を渡す相手が誰かを聞いてくるだろう。そのときがチャンスだ…。
 待ち合わせ場所に案内するなどと言って出城の外に出れば、それだけ救出や脱出のチャンスは広がる。少なくとも出城の中で取り調べにあっているよりは。

 

 

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