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<リクエストシリーズ 中在家長次&食満留三郎>

 

弊サイトにご感想を寄せていただいたせき様からのリクエスト、「長次と留三郎」を書いてみました。

忍たまファンの中でも六年生ファンはおそらく最大勢力で、その中に数多くのクラスタがあるのでしょうが、長次と留三郎という組み合わせはあまり見ないような気がします。

そんなあまり見ない組み合わせからどのようなケミストリーが生まれうるのか、そもそも生まれたかは、皆さまのご判断に委ねたいと思います。

そして、そのようなチャレンジの機会をいただいたせき様に、このお話を進呈します。

 

 

 -まだ追ってきやがる。
 背後に迫る気配に小さく舌打ちすると、振り返りざま手裏剣を放つ。
「うぉっ」
 追っ手の動きが一瞬止まる。その隙に留三郎は一目散に走り去る。

 


「ふーっ、暑っちいな」
 流れに浸した手拭いで首筋や胸元を拭いながら、留三郎が岩場を上ってくる。岩の上には長次がのそりと座り込んでいる。追っ手をかわした2人は、山道から少し外れた渓流のほとりの岩の上に休んでいた。荒い息がようやくおさまりつつあった。
「それにしても、やけにしつこかったな」
(すまない、留三郎。厄介をかけたな。)
「別にいいさ。そのために同行したんだからな。だが、その本というのはそれほど貴重なものなのか?」
 長次が貴重な本の受け取りのためにマツタケ城に行くので、警備のために同行しろという学園長の指示しか耳にしていない留三郎は、ちらと本を納めてある長次の懐に眼をやると、また視線を前に戻して岩の上に胡坐をかいた。
(…。)
 黙って懐から包みを取り出した長次は、そのまま留三郎に手渡す。
「い、いいのかよ…」
 包みを手にした留三郎が、うろたえたように手元と長次の顔に視線を往復させる。
(…。)
 こくりと長次が頷く。
「へえ、どれどれ…うへっ、なんだこれ! ぜんっぜん読めねえ…」
 包みをほどいて本を開いた留三郎が、頓狂な声を上げる。
「これ…南蛮の文字か?」
 確かめるように訊く。
(そうだ。これは南蛮砲術の本だ。まだわが国に知られていない知識が書かれているという。とても貴重な本だが、マツタケ城では南蛮の言葉を読めるものがないので、学園で翻訳するために借りることになった。)
「じゃ、これ、長次が翻訳するってことかよ」
(私だけではない。新野先生のほか、学園で南蛮語がわかる先生にご協力いただく。)
「そっか…お、ここに仏狼機の絵があるぞ」
 ぱらぱらとページをめくりながら留三郎が言う。「お前の知識は、俺なんかよりずっと遠いところまで広がってるんだな」
(…?)
 不意に自嘲的な口調になる留三郎に、長次がいぶかしげな視線を向ける。
「だって、長次はこれが読めるんだろ? それで、俺たちが知りようもない南蛮の知識を得ることができるんだろ? 俺は、眼の前で学んだことしか知らないけどな」 
 本を包み直して長次に手渡すと、留三郎は渓流に眼をやる。その横顔が寂しげに見えて、長次は思わず言う。
(らしくないな、留三郎。)
「ん、そうか…?」
 苦笑いに紛らわせながら留三郎は続ける。「目指すものの違いなんだろうな」
(違い?)
「俺は、闘うことが好きだ。闘いこそが人生だと思っている。そのために技を磨いてきたし、鍛錬を重ねてきたつもりだ。だけど、長次は違うだろ?」
(私は…。)
「お前はパワーもあるし縄鏢の腕も確かだ。だが、それだけではない。『沈黙の生き字引』といわれるほどの知識がある。俺にはよく分からないが、それは伊作の医術と同じくらいすげえことなんだろうな」
(なにが言いたい、留三郎。)
 いつもの(根拠があるかは別にして)自信にあふれた態度とは違う、粘液質めいた自嘲的な留三郎に長次は戸惑う。
「…。」
 ふいに留三郎が黙り込む。
(…。)
 長次は続きを待った。
「…長次には、かなわねえな」
 むすりと引き結ばれた唇が少しだけ緩んで、かすれ声が漏れる。
(…。)
 黙ったまま長次が顔を向ける。
「お前は将来、何になる?」
 唐突な問いに応えるのに、少し沈黙の間があった。
(…今はまだ、わからない。どこかの城に就職するかもしれないし、旅回りに出るかもしれない。)
「そっか」
 ため息交じりに留三郎は言う。「やはり、長次はしっかりしているな」
(どういうことだ。)
「このまえ、伊作に言われたんだ」
 前を向いたまま顔を上げた留三郎が声を上げる。
「もし腕や足を折ってしまったらどうするんだとな。すぐに適切な処置ができればうまく戻せるが、きちんとした処置をしなかったときは、変形したまま固着してしまうこともあるんだそうだ」
(文次郎とやりあったときか。)
 例によってちょっとした諍いから、双方捕物を持ち出しての大ゲンカになっていたことを思い出す。
「ああ」
 その時のことを思い出したのか、小さく舌打ちをする。
「…で、伊作に説教されたあと、考えたんだ。この身体が戦えなくなったら、俺には何が残るんだろうなってな…」
(そうか。)
 ようやく留三郎がいつもと異なることに合点がいった長次だったが、どうすればいいかまでは分からない。
「闘いこそが人生だなんて、なに意気がってたんだろうな、俺…」
 留三郎が遠くに眼を遣ったとき、
「!」
(!)
 敵の気配に2人が同時に反応する。だが、次の瞬間、2人のいる岩場は大勢の敵に包囲されていた。
「そこまでだ。お前たちが本を持っているのは知っている。おとなしく出すのだな」
 岩の上に飛び上がってきた覆面姿の男がつかつかと近寄ってきた。
「それを知ってるなら、おめおめ差し出すわけにはいかねえことも知ってるんだろうな」
 刀を構えながら留三郎がじりと一歩を踏み出す。
「ずいぶん威勢のいいガキどもだ」
 覆面の下で揶揄するように男は笑った。「だが、その本をどこに売りつければいいか知ってるのは俺たちだ。大人の言いつけには従うのだな」
 -売りつける、ということはこの本の価値を中途半端にしか知らないということか。
 そろそろと懐から取り出した苦無を構えながら長次は考える。と、その前に影が立ちはだかった。
 -?
 眼の前にあったのは留三郎の背だった。
≪長次、早くここを離れろ!≫ 
 振り向きもせず矢羽根を飛ばすや、「ウオォォォォ!」と抜身の刀を上段に構えながら岩を飛び降りて敵に斬り込む。同時に身を低く構えた長次が渾身の力で地面を蹴って背後の森の木の枝に飛び乗り、枝を伝って駆け出す。

 


 -しまった…。
 気がつくとこれ以上枝伝いには行けないほど木の間隔が開いてしまっているところに来ていた。意を決して地面に飛び降りる。待ち構えていたように数人の敵に囲まれる。
「長次!」
 苦無を構えてにらみ合っているところに留三郎の声が飛ぶ。
≪背後は手薄だ。そのまま突破しろ! 俺が援護する!≫
 留三郎の矢羽音と同時に背後の敵に向けて素早く身を翻すと身体ごと突進する。思いがけない動きに相手が立ちすくんだ瞬間、長次の手の苦無が刀を弾き飛ばす。その間に留三郎が煙玉を投げつける。
「退け! 退けっ!」
 形勢不利を悟った上ずった声に、敵の気配がたちまち消え去る。煙が消えた時には、そこには留三郎と長次しかいなかった。
「大丈夫か、長次」
 覆面を下ろしながら留三郎が気がかりそうに訊く。
(大丈夫だ。留三郎は?)
 懐に苦無を戻した長次がもそりと答える。
「あんな口ほどもない連中相手じゃ、まだ暴れ足りないくらいだぜ」
 にやりと歯を見せる。「だが、本を持っていることを知っていたとはな」
(おおかた、マツタケ城に内通者がいたのだろう。それで狙ってきたのだろう。)
「ま、その割には手ごたえがなかったけどな…それにしてもその本に書いてある南蛮砲術ってやつ、ますます知りたくなってきたぜ。翻訳が終わったら俺にも教えてくれよな。それにしても」
 ちらと長次の腰の刀に眼を遣る。「刀を使わなかったのは意外だったな」
(それは…。)
 思わず口ごもる。留三郎の言うように、重要な本を持ち帰るという任務のためであれば、刀で相手を斬りはらってでも包囲を突破するべきだった。だが、あのとき刀を抜いていれば自分は間違いなく…。
「…斬りたくなかったんだな」
 察したように留三郎がぽつりと呟く。
(すまない。)
「いいさ。お前が逆上したら皆殺しにしかねないからな。特に本を大事にしないヤツはな」
(連中はこの本の価値が分かっていない。本当の価値が分かっていたら、あの程度で退くわけがない。)
「ま、連中だって本一冊のために斬り捨てられたんじゃかなわんだろうな」
 あの程度の実力では、忍を大切にしていない城に違いないと留三郎は考える。忍を大切にしているならば、もっと実力のある忍を集めるだろうし、そうであるならばたとえターゲットが本一冊であろうが本気でかかってくるはずである。そうなっていた場合、自分たちが無事でいられた保証はなかったが。

 


「どうした、長次」
 思いつめた表情でその場に立ちすくむ長次に、先に立って歩き出そうとした留三郎が声をかける。
(私は…もし許されるなら…誰も殺したくない。平和に生きていきたい…そう願うことは、間違っているのだろうか。)
 感情が加圧されたような重苦しいぼそぼそ声で長次は問う。
「え? う~ん…まあ、別に間違ってるとは思えないけどな」
 少し考えながら留三郎が応える。内心は、あまり自分の思いを口にすることのない長次の思いがけない言葉にひどく驚いていたが。
「だが、俺たちは忍たまだ。それが任務であれば相手を殺すこともためらうことは許されない。お前にその覚悟ができてないようには見えないけどな」
 なぜ長次がそのようなことを言いだしたのか、理由を探ろうと留三郎は考えた。
(図書委員会の一年生に、きり丸がいる…。)
 長次の声は重苦しいままである。
「ああ知ってる。一年は組だろう」
(きり丸は、戦で家族をなくした。学費も自分で稼いでいる。)
「その話は俺もしんべヱから聞いたことがある。大した奴だよな」
(このまえ、きり丸が言っていた。家族を殺した兵たちを許すことができないと。兵たちに命令した将たちを許すことができないと。それは間違ったことなのかと。)
「…」
 ぼそぼそ声ながらも激した感情を帯びた問いに留三郎は言葉に詰まる。いつもお気楽そうに笑っていて、ゼニのことしか頭にないようなきり丸がそのような問いを口にしたとき、どんな表情だったのだろうか。そしてその問いを長次はどんな表情で受け止めたのだろうか。
(私は、留三郎のような問いをきり丸にすることができなかった。私は、きり丸になにも言ってやることができなかった…。)
「ま、長次はもともと優しいからな」
 そもそも長次は学園で常に繰り広げられる競争からいつも一歩引いたところに立っていた。それは常に誰かと勝負して勝ちあがっていくことを考えている自分と対極だったことに留三郎は気付く。そしてそれはとても勇気のいる態度だということも。
(それは忍としては敵に付け込まれる大きな弱点だ。それでも私は、そう考えずにはいられない。)
「…俺は長次の考えは間違ってるなんて思ってないぜ」
 考え込んでいた留三郎が、意を決したように力強い口調で言う。
(…。)
 長次の沈黙は、続きを待っているようである。
「こういう時代だからな。そこら中で殺し合いなんて茶飯事だが、好きでやってるヤツなんてほとんどいないだろうさ。生きるために仕方なくやってる連中ばかりだ。好きでやってるのなんて、人が殺されることがどういうことかなんてカケラも関心のない偉い連中だけだ。自分では手を汚さない、命令するだけの連中だけだ」
 吐き捨てるように留三郎の口調に感情が迸る。
(だが、その命令をこなすのが忍というものだ。)
 留三郎の口調に却って冷静になった長次が指摘する。
「そうだな。俺みたいなのはそうするしかないだろうな…でも長次は違う。そんな気がする」
(違う?)
「俺はいつも伊作を見て思ってるんだが」
 同室の友人が薬研をつかっている姿が頭をよぎった。
「…アイツは忍より医者になったほうが向いているとみんな言うし、俺もそう思う。だが伊作は、どうしても忍になると言う。まあ、俺の見るところ、アイツも不運さえなければ忍としてもそれなりにやっていけるだけの力はあるから、二つの道を選べるってことなんだろうな」
 そしてふと気づいたように長次に顔を向ける。
「それは、お前も同じだよな」
(私が?)
 長次がいぶかしげに眉を上げる。
「ああ。だって長次は南蛮の言葉も分かるし、いろんなことを知ってるだろ? 俺にはよく分からないけど、それってそんじょそこらの学者よりすげえことじゃないのか?」
(知るべき知識に限度はないし、大学者もたくさんいる。それに私は、議論は不得手だ…。)
 ふたたび地面を眺めながら長次は呟く。
「んなわけないだろ」
 力強い視線で見つめながら言い放つ留三郎に、長次がちらと顔を向ける。
「たしかに長次は弁が立つほうじゃないが、書くのは得意だろ? 演習のレポートまとめるのなんかすごいうまいじゃんか。い組は仙蔵、ろ組は長次ってレポート要員がいていいよなっていつも伊作と話してるんだぜ? は組は俺も伊作もレポート苦手だからな」
(…。)
「つまりお前には、書くって表現方法もあるってことだよ…それってすげえなって俺は思うけどな」
 留三郎は笑いかける。「俺なんて、体術はそこそこいく自信はあるけど、長次や伊作みたいなもう一つの道ってのがぜんぜんないからな…」
(もう一つの道、か。)
「伊作は選択肢なんかいらないなんて言うけどな。長次はどうなんだ?」
(私は…。)
 不意に問いかけられて長次は言葉に詰まる。
(私にも、選択肢はいらないのだろうか…。)
「どうだろうな」
 思いつめた声だったが、留三郎はあっさりと返す。「ただ、伊作と長次は違うように思うんだ」
(違う?)
「なんて言えばいいのかよく分かんないけどさ…長次なら、作戦を考える参謀役とか草みたいな役割には強そうに思えるんだ」
 ふとした思いつきの台詞だったが、それはあながち本心と遠くないように思えた。
(そうか…。)
 ぼそりと長次は返す。留三郎の言葉が必ずしも腑に落ちたわけではなかった。ただ、留三郎が自分を精一杯気遣って、そして自分を理解しようと手を差し伸べていることは分かった。それは、他人から理解されることをとうの昔に諦めていた自分にとって甚だ意外であり、心にまとっていた鎧を蕩かすような事実だった。

 

 

(学園に戻るぞ、留三郎)
 照れ隠しのようにもそりと呟くと、長次は大股で歩きはじめる。
「ああ」
 ちいさく苦笑した留三郎があとに続く。長次の顔がかすかに赤らんでいるのが分かったから。そして考えるのだった。
 -長次はどう思ってるか知らないが、俺たち六年も一緒に過ごしてるんだ。お前が何を考えてるかくらい、想像はつくんだぜ?

 

 

<FIN>

 

 

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