Even your dark smile

 

 原作でもアニメでもなかなか出番のない五年生の竹谷と久々知ですが、それだけにキャラの内面についていろいろと想像の余地もありそうです。

 というわけで、竹谷サイドから見た久々知の掘り起こしを試みましたが…。

 

 竹谷は、年相応に元気で明るい少年、というイメージです。一人称で書いてみたら、「坊ちゃん」ぽくなってしまいました。

 

 

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 今日も、兵助は教室で本を読んでいる。

「兵助」
「なんだ?」
 声を掛けると、いつものようにやや眠たげな声が返ってくる。
「そんなシケた顔で本なんか読んでないでさ、外行こうぜ」
「あ、ああ…」
 こうでもしないと、兵助が本を置くことはない。いや、俺が彼の勉強を邪魔しているのかもしれないけど、なんとなく俺には、そうすることが必要な気がしてならない。

 

 

「キャッチボールでもやろうぜ」
 返事を聞く前に、グローブを投げてやる。兵助も、黙って受け取る。
「いくぞ。ほれ」
 最初は、互いに、相手のグローブめがけて投げてやるが、俺たちのキャッチボールはそれだけでは終わらない。次第にとんでもない方向に投げるようになり、それでもボールが落ちるまでに必ず受け止めるのがルールだ。気が乗ってくると、木の枝や塀の上から投げつけてから姿を消したり、だんだん実戦に近いものになってくる。それでも、しょせん、無邪気なお遊びに過ぎないのだけど。
 木立の中に、兵助は身を隠している。気配を消してないのは、遊びだからだ。だから彼の期待に応えて、気配とまるで違う方向にボールを投げる。次の瞬間、下藪の中を気配が動き、不意に兵助が飛び上がる。その手のグローブには、すでにボールが収まっている。
 -さすがだな。
 それでは、と俺が姿を消そうとしたとき、着地した兵助が不意に傍らを見やった。
「なあ、八左ヱ門。こんなところに墓があるぞ」
「ああ、それか?」
 俺も歩み寄る。
「それは、一年は組の団蔵が飼ってた鳩の墓だ」
「鳩?」
「ああ。アイツの家は馬借で、家との連絡用に鳩を飼ってるらしい。そのなかの一羽が死んで、団蔵が落ち込んでるって、委員会のときに虎若と三治郎が言ってたから、みんなで墓を作ってやったんだ」
「みんなでって、お前もか?」
「ああ、そうさ」
「ふうん」
 不意に兵助の表情が空白になる。
「どうかしたか」
「いや、べつに」
 だけど、俺の耳は聞きつけた。兵助が、墓なんているのかな、と呟いたのが。

 


 兵助は成績優秀だし、実技も得意だ。非の打ち所のない忍たまといっていい。四年の連中のようにそれを鼻に掛けることもなく、淡々としている。自分の成績など、興味がないみたいだ。俺たちに対する態度だって、ごくごくフツーだ。
 なのに、俺には、兵助にはなにかが足りないように見えてならなかった。それが何かはよく分からなかったけど、そのとき、少し見えてきたような気がした。兵助に足りないのは、うまく言えないけど、なにかの感情だ。
 

 

「手元で飼ってた生き物が死んだんだ。墓ぐらい作ってやるのが当たりまえだろ?」
 思わず声を上げてしまった。そのときの兵助の弾かれたような表情を見て、俺は確信した。兵助には、そういう発想がなかったんだ。兵助は決して冷たい人間なんかじゃないけど、途方もなく、無関心なんだ。

 


 そういえば、以前、授業で禅寺に座禅に行かされたとき、寺の坊さんが言ってたっけ。ものごとに執着する気持ちが、道を極める妨げになるって。あとはなに言ってたか全部忘れたけど、それだけはおぼえている。まるで兵助みたいだと思ったから。そうか、兵助は、何かを極めるために、執着を捨てているのかと思わず納得した。俺なんて、いろんなモノが大事すぎて、それもすぐ目移りして、とても道を究めるなんてできないけど、兵助ならできるんだろうなと、漠然と考えた。

 だけど、兵助に足りないものは、執着とは違うものみたいだ。

 兵助はあまり感情を外に出さない。せいぜい、翳のある笑いを浮かべるくらいだ。表情の裏にある感情が、あまりないようにも見える。忍としてポーカーフェイスは必要だけど、ポーカーフェイスは感情があるのに隠しているのであって、兵助とは違う。無表情なのは中在家先輩も同じだけど、中在家先輩の無表情は違和感ありすぎなのに、兵助の無表情は、それが板についているというか、それが当たり前のようで、そばにいる俺たちもついそんなもんだと思ってしまうけど、でもやっぱり変といえば変だ。

 だけど、兵助の無表情が、無関心ゆえのものだとすれば、合点が行くような気がした。

 


 でも、それでいいのかと、俺は思う。忍としては、余計な感情なんかないほうがいいに決まっているけど、感情のない人間なんて、俺はまっぴらごめんだ。ぜったいに幸せになれるはずがない。兵助には、そんな人間になってほしくない。あの無表情だって、ホントに何にもないのではなくて、何かを我慢しているのを隠すためのように見えてならない。そんなの、俺の一方的な当て推量だけど。
 俺たちは、忍術学園では高学年だし、世間的にも元服して大人の仲間入りしてもおかしくない歳だけど、でもまだまだ身体だって大きくなるし、心だって変われるだろう。だから、兵助には、変わってほしいんだ。孤高の天才なんかではなく、普通の人間に。

 

 

  どうしてそんなことを思うのだろう。同級生の雷蔵や三郎も、かけがえのない仲間だけど、そんな風に考えたことはない。
 兵助は優秀だし、強い。俺がどうこう考えをまわしたって、関係ないと思うかもしれない。だけど、俺には、兵助の強さの後ろに、なにか脆いものがあるように思えてならない。もしかしたら本人も気付いてないかもしれないその脆さに気付いて、助けてやれるのは俺だけだ。そんな気がしてならない。きっとそんなの、独りよがりだと人は哂うのだろうけど。

 

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