料理勝負

原作を読んでいると、よく委員会対抗戦が登場して、私もそんな対抗戦を書いてみたいな、と思っていました。とはいえ、最近、長いのを書く気力も能力も時間もなくなってきたので、軽めに料理で競ってもらうことにしました。

実際書いてみると、委員会ごとの違いを際立たせるのって、とても楽しいですね。それぞれキャラ立ちしているからなんでしょうか。

 

 

「あの、新野先生。ちょっとよろしいかしら」
 医務室で薬を調合していた新野のもとを訪れたのは、食堂のおばちゃんである。いつもと違って勢いのない声に、新野は眉をぴくりとさせた。
「これは食堂のおばちゃん、一体どうされたのですか。ずいぶん元気がないようですが」
「はい…」
 医務室に足を踏み入れたおばちゃんは、すすめられるままに、新野の前に置かれた円座に腰をおろした。
「実は、さっき夕食の仕込みをしてたんですけど、急に立ちくらみがしちゃって…こんなこと、いままで一度もなかったから急に心配になっちゃって…」
 それはそれは、と相槌を打ちながらおばちゃんの顔色や口調を観察した新野は、すでにある程度症状の目星をつけている。
「それでは、詳しく診察しますのでこの畳に横になってください」
「はい…」
 横になったおばちゃんの身体に聴診器を当てたり、脈を取ったりしてから、新野は確信したように深く頷いて口を開いた。
「どうやら、おばちゃんの立ちくらみの原因は過労によるようですな。最近、少し疲れやすいと感じたことはありませんでしたか」
「はい、そういえば…ちょっと立ち仕事をしていると、すぐに座っ休みたくなったりということはありました…」
「そうでしょうな…おばちゃんの症状は、典型的な虚証です」
「きょしょう? …それって、なにかの病気なんでしょうか」
 おばちゃんが気がかりそうに訊く。いやいや、と苦笑いしながら新野は首を振った。
「虚証というのは、いわば身体の中の気が衰えている状態です。だから、疲れやすくなったり、めまいがしたりする。原因として、過労のほかに更年期も考えられるので、それらに効く薬を出しましょう。当帰や芍薬で血を増し、白朮(ビャクジュツ) で気の働きを助け、代謝を改善します…だが、それだけでは、おばちゃんの症状は完全にはよくならないでしょう」

 ふいに新野の表情が厳しくなる。
「どういうことですか?」
「おばちゃんに何より必要なのは、薬ではなく休息です。しばらく、仕事を離れてゆっくり休むことが必要なのです」
「でも、いまは休みの時期ではないし、私がいないと誰も食事を作る人がいなくなってしまうわ」
「私も学園の人間ですから、それが問題であることは分かっています…だが、ここでおばちゃんが無理をして更に体調を悪化させてしまうほうがはるかに問題です。医療者としては、ここは休息をとるべきだと強くお勧めしますよ」
 おばちゃんの目をまっすぐ見つめながら、新野は身を乗り出す。たじろいだおばちゃんが、頬に手を当てながら眼を泳がす。
「それはそうですけど…そうなると、誰か代わりをお願いしないといけないし、学園長先生のお許しを得ないといけないし…」
「そんなことは簡単なことです」
 新野は更に身を乗り出す。
「学園長先生には、私からお話しておきます。おばちゃんの休暇中の代理についてもご相談しておきます。ですから、おばちゃんは、体調が戻るまでただゆっくり休むことだけを考えてください!」

 

 

「…というわけで、食堂のおばちゃんが、お休みを取ることになった。代役は、黒古毛般蔵先生だそうだ」
 各委員会の代表が、急遽食堂に招集された。口を開いたのは仙蔵である。
「というか仙蔵! なんでお前が司会役なんだよ!」
 すかさず文次郎が声を上げるが、仙蔵は意に介しない。
「しかしながら、黒古毛先生の忍者食は、知ってのとおり、栄養面はともかく、味については課題が多い」
「げ、それがしばらく続くのかよ」
 小平太がうんざりしたような声を出す。
「そういうことだ。食堂のおばちゃんの休みがいつ終わるか分からない現状では、いつまで三度の食事に黒古毛先生の忍者食が続くのか、終わりの目途が立たない」
 一言ひとことに念押しするように力を込めながら仙蔵は続ける。そこまでしなくても、全員がどれだけの死活問題であるかは理解していたが。
「だが、すでに黒古毛先生は学園に向かわれているのだろう。学園としてお越しいただいた先生を、われわれの勝手で追い返すようなことができるわけないだろう」
 文次郎が訊く。誰もが抱く当然の疑問だった。問いかける視線が仙蔵に集まる。待っていたように軽く頷くと、仙蔵は口を開いた。
「もちろんそうだ。だから、われわれは、黒古毛先生に失礼にならないように、ただし料理はご辞退しなければならない」
「もったいぶらずに早く言え」
 文次郎は早くも苛立ちを隠せずにいる。
「そこでだ。ここはわれわれ忍たまが料理を作る。黒古毛先生には、その審判役になっていただく。どうだ」
「私たちが料理するだって?」
 小平太が頓狂な声を上げるが、仙蔵の想定内の反応だったようである。
「ほかに誰がいる? それとも、黒古毛先生の忍者食を食べ続けるか?」
「そりゃあな…食券払ってる分くらいは、うまいものを食う権利はあるよな」
 小平太はあっさりと頷いた。
「だが、誰がやるんだい?」
「それに、毎日のことですよ?」
 伊作と五年生の兵助が訊く。
「当然、われわれ全員だ。委員会ごとにシフトを決めて行う」
 いつの間にか、仙蔵の手にはシフト表があった。
「俺は断るぞ」
 文次郎が腕組みをしてそっぽを向く。
「…忍者は量の多少を問わず、味の濃淡を選らばず、だ」
「そういうと思って、会計委員会はシフトに入れていない」
 あっさりと仙蔵は言う。
「後で説明するが、会計委員会は別の役割がある…ところでシフトだが」
 仙蔵が机に広げたシフト表を、文次郎を除く皆が覗き込む。
「料理は各委員会が行うが、食材の調達は全員で手分けして行う。それぞれ授業があるし、演習で出ることもあるから、手が空いた学年やクラスがやるしかない」
(それで、会計委員会はなにをやるのだ)
 長次のぼそりとした質問に、仙蔵は文次郎のほうを向きながら答える。
「買出しだ」
「買出し、だと?」
 文次郎の眉間に針が立つ。
「会計委員会が、なぜそんなことをしなければならん!」
「わからんのか?」
 意外そうに仙蔵が眉を上げる。
「俺の質問に答えろ!」
 文次郎が声を荒げる。
「冷静に考えろ。食事の賄いは食券の値段のなかで納めないといけないのだぞ。おばちゃんはうまくやってくれていたが、われわれはよほど気をつけないと材料費がオーバーしてしまうことは眼に見えている。だから会計委員会と図書委員会で買出しを担当してもらう」
「ちょっと待て。なんで図書委員会と一緒なんだ」
「学園全員分の食材だぞ。いくら匍匐前進が得意な会計委員でも、手が足りんだろう」
 -ははあ。
 -やるな、仙蔵。
 やり取りを聞いていた伊作と留三郎が視線を交わす。文次郎に買出しの全責任を負わせると、予算削減と称して虫や野草といった忍者食と変わらない食材を調達してくる可能性があった。お目付け役に長次がいれば、文次郎もそこまではできないだろう。
「そういうわけで決定だ」
「いや、待て仙蔵! 俺はまだ賛成してな…」
 文次郎が言いかけたが、会議は終わりとばかりに全員がいっせいに座を立って食堂を後にする。とりあえず、黒古毛般蔵の忍者食忌避作戦が決定された。

 

 

「なに、私が審判役?」
 般蔵が意外そうに声を上げる。
「そうです。せっかく忍者食専門家の黒古毛先生にお越しいただいたのですから、ここはひとつわれわれの料理について、栄養面や味覚の面からご指導をいただきたいのです」
 涼しげな声で仙蔵が説明する。
「しかし、私は食堂のおばちゃんの代役で来たわけだが…」
「もちろんです。しかし、忍者は多芸でなければなりません。その中には料理の腕も当然含まれます。つまりこれは、実践授業でもあるわけで…」
 留三郎が如才なく続ける。
「しかし、料理人として来ておきながら、料理をしないというのも…」
 なお戸惑ったように呟く般蔵だったが、仙蔵がとどめを刺す。
「これは先生でないとできないことなのです。よろしくお願いします」

 

 

「さて、シフトの最初は保健委員会なわけだが…」
 放課後、夕食の仕込みのために食堂に集合した保健委員たちを前に、伊作は口を開く。
「先輩。乱太郎はどうしたのですか?」
 伏木蔵が訊く。
「ああ、乱太郎たちは、兵庫水軍に魚を分けてもらいに行った。一年は組は兵庫水軍と親しいからね」
「じゃ、今日の夕食は魚料理ですね」
 数馬がほっとしたように言う。少なくとも材料が決まっていれば、献立を考える手間もずいぶん省ける。
「だが、ちょっと帰りが遅くなるようだ。乱太郎たちの帰りを待っていては、夕食の仕込が間に合わない。とりあえず、いまある食材でしのがなければならないんだ」
「「え~」」
「それにだ…なになに?」
 伊作がシフト表の注意書きに眼を落とす。
「夕食を作る委員会は、翌日の朝食の仕込みもあわせて行うこと、とある。ということは、明日の朝の分も考えないといけないということだな」
「まだ会計委員会と図書委員会の買出しも戻ってきてないし…つくづく不運」
 左近が肩を落とす。
「とにかく、どんな食材があるか探してみましょう」
 数馬に続いて、伊作たちも厨房に入る。
「どれどれ…お、ここにごぼうや大根がたくさんあるな」
「ここにはコンニャクがありました」
「ナス漬けと沢庵漬けの樽もあります」
 後輩たちの報告を聞いた伊作が腕を組む。
「よし…ここは医食同源といくか」
「なんですか…それ」
「薬食同源ともいう。唐では、昔から食事と医療は、身体をよくすることでは同じという考え方をしているんだ。薬だって、そのまま食材になるものも多い。いつも学園祭のときに薬膳料理をつくってるだろ?」
「げ…あれですか?」
 左近たちがあからさまに引く。
「おいおい、どうしたんだい?」
「だって…僕たちの作る薬膳料理、いつも期限切れの薬で作ってるじゃないですか…そんなの食事に出したらまずいですよ」
「そうかな…ちょっとばかり期限が過ぎていても、滋養がすこし落ちるかもしれないが、そんなにまずいもんじゃないと思うんだけどな。それに、これだって、立派な薬にもなるんだよ」
 伊作がごぼうを手に取る。
「薬種としては、ごぼうの種が解熱や解毒に使われるが、ごぼうは食物繊維が豊富で、これも食べる薬みたいなものなんだ。コンニャクも同じように食物繊維が多いから、一緒に煮物にしよう。そろそろ期限切れになる生姜(しょうきょう・しょうが)があるから、薬味に使ってしまおう。ナス漬けは、期限が切れちゃったけど芥子(かいし・からし)をつけるとして…」
 なんとかなりそうだ…とレシピをメモし始まる伊作を、後輩たちはげんなりした表情で見守っていた。
 -やっぱり、期限切れなんだ…。

 


「今日の昼食は、二番手の火薬委員会なわけだが…」
 厨房に集合した火薬委員たちを前に、兵助が重々しく宣告する。
「献立の作成に当たり、顧問の土井先生から特別な注意があった」
「なんですか?」
 三郎次がごくりとつばを飲み込む。
「練り物を含む料理はぜったいに作らないこと。以上だ」
 全員が脱力した。
「そ、そんなしょーもない…」
「だが、土井先生らしいといえばらしいかも…」
「それはそうとして」
 あっさりと脱力から立ち直ったタカ丸が口を開く。
「昼食なんだから、そんなに凝ったものを作らなくてもいいんじゃない? さっと食べて、すぐに鍛錬に行ったり遊びに行ったりする忍たまも多いわけだし」
「そうなんだ。だから、あっさりした料理のリストを作ってみた」
 兵助は懐から巻紙を取り出す。
「この中から、選んでほしいんだ」
 カウンターに広げた巻紙を全員が覗き込む。
「豆腐の味噌汁、冷奴、肉豆腐、ニラ玉豆腐、麻婆豆腐、高野豆腐の含め煮…みんなお豆腐料理ばっかじゃないですか」
 伊助が呆れたような声を上げる。
「当然だ。お豆腐は簡単に食べられて栄養価が高い。最高の食材なんだぞ」
 胸を張って言い切る兵助に、もはや誰も物申す気になれない。
「この中から選ぶのはいいとして…お豆腐はどうするのですか。買ってこないとないですよ」
 三郎次が指摘するが、兵助は立てた人差し指を軽く振る。
「心配するな。昨日の買出しのときに、中在家先輩に、お豆腐を買ってきてもらうよう頼んでおいたのだ!」
 -さすが豆腐小僧と呼び名の高い久々知先輩…。
 -お豆腐のこととなると手回しがよすぎる…。
 呆然と佇む後輩たちを前に、豆腐の入った桶を指し示しながら兵助はうきうきとした口調で言う。
「これは街でもいちばんうまいお豆腐屋さんのお豆腐だ。どんな料理にしてもきっと美味いぞ。さあ、なにを作ろうか考えるんだ!」

 


「さて、三番手は体育委員会なわけだが…」
 無意味に戦輪を回しながら、滝夜叉丸は空いたほうの手で前髪をなでつける。
「ここは何をやらせても学年トップ! 忍術学園始まって以来の秀才との誉れも高い平滝夜叉丸がとっておきのメニューを…」
「滝夜叉丸! そんなことを言ってるバヤイではないぞ!」
 唐突に小平太が割り込む。
「文次郎や長次たちの買い出してきた食材を見たか? あんなので体育委員が必要なカロリーを摂れると思うか? …いや、ぜったいにムリだ!」
「あの…七松先輩。食材の、なにが問題なんですか?」
 おずおずと金吾が訊く。
「アイツらの買い出してきたものを見てないのか? 米に野菜、調味料、それだけなんだぞ!」
「あの…それが問題なんですか?」
 四郎兵衛も首をかしげる。
「いいわけがないだろう! われわれは体力勝負の体育委員会なんだぞ! あんな精進料理みたいな材料だけで作った食事ではとてもスタミナが出るわけがない! そこでだ!」
「…そこで?」
 いやな予感がした金吾たちが、引き気味に訊く。
「われわれ体育委員会は独自で動物性タンパクを調達することにする! 今すぐ出発だ! どんどん!」
「ど、動物性タンパクって…」
「決まってるだろう。肉と魚だ! 四郎兵衛と金吾は川で取れるだけの魚を取ってくるんだ! 私は滝夜叉丸と三之助とともに山に狩りに行く!」
「「えええ!?」」
「なにがおかしい。山の獣の肉は、ジビエといって貴重なタンパク源なんだぞ! じゃ、行くぞ! 滝夜叉丸、三之助! いけいけどんど~ん!!」
「ジビエって、な、なんでそんなこと知ってるんですか…って、ハイハイどんど~ん」
 きょとんと突っ立っている三之助に迷子縄をくくりつけた滝夜叉丸が慌てて後に続く。
「…で、ぼくたちは、どうしましょうか」
 金吾が四郎兵衛を見上げる。
「しょうがない。僕たちは川に行こう。釣竿で一匹ずつ釣っていたんじゃ数が稼げないから、用具委員に頼んで網を貸してもらおう」


「けっこう大漁でしたね」
 夕刻近くの田舎道を歩く金吾の声は弾んでいる。
「そうだね。これだけ取れれば七松先輩も喜んでくれるよね」
 四郎兵衛の声も安堵がにじんでいる。2人の担ぐ網の中には、思いがけず大量の鮎やヤマメやウナギがかかっていた。だが、学園の厨房の勝手口にやってきた2人は、そこにどっかと置かれた黒い物体に思わず足をすくめた。
「な…なんですかこれ…」
「これって…どう見ても…熊…」
 魚の入った網を取り落として震え上がる2人の前にぬっと現れた影がある。
「なんだ、四郎兵衛、金吾! 遅かったじゃないか!」
「な、七松先輩…こ、この熊、いったいどうしたんですか?」
 座り込んだ金吾がこわごわ訊ねる。
「これか? これはだな。山の中で偶然この熊がいたもんで、砲弾を蹴りこんだらうまく頭に当たって、一発でノックアウトさせたのだ!」
 腰に手を当てた小平太が胸を張る。
「ほほほ、砲弾で仕留めたんですか?」
 四郎兵衛が口をあんぐりと開く。
「そうだ! 今夜は熊の味噌鍋にするぞ! …お前たちもたくさん魚を取ってきたな。えらいえらい」
 大きな掌で2人の頭をごしごしとなでた小平太は続ける。
「この魚は明日の朝食にしよう! これで体育委員会らしい飯になっただろ?」
「あの…ところで、滝夜叉丸先輩と三之助先輩はどうしたのですか?」
 2人の不在に気づいた金吾が訊く。
「ああ、あの2人か」
 早くも小刀で熊の解体を始めながら、小平太は軽く眉を上げた。
「三之助が山の中でいなくなってな。滝夜叉丸に探させている…さあ、四郎兵衛と金吾も手伝うんだ! 今夜はご馳走だぞ! どんど~ん!!」

 

 

「で! なんでくノ一が四番手なのよ!」
 腰に手を当てたユキが口を尖らせる。
「そうよ。そもそも忍たまで食事を作るなんて話、くノ一にはぜんぜん相談しないで決まったのよ。それなのにシフトだけ回ってくるなんて、どう考えたっておかしいわ」
 トモミが腕を組む。
「というか、わたし、胃がもたれて食欲ないでしゅ」
 おシゲがぼやく。
「私も」
 トモミが頷く。
「だいたい、昨日の体育委員会の熊鍋って、ありえないわよね」
「そうそう。脂もものすごかったし、量も多いし」
「体動かしてればいい男の子たちと一緒にしないでほしいわよね。女の子は美容にも気を配らないといけないのに」
 他のくノ一たちもいっせいにしゃべり始めて、厨房はひとしきり甲高いおしゃべりが渦巻いた。
「で、なに作る?」
 ユキのひときわ高い声に、おしゃべりが止んだ。
「あっさりしたものがいいでしゅ…おそばとかで、いいんじゃないでしゅか?」
 おシゲの声に、皆が頷く。
「それいいかも。作るのも簡単だし」
「というか、私、おそばくらいしかお腹が受け付けないって感じ」
「ちょっと、ちょっと待ってよ!」
 そのままメニューが決まりそうな流れに慌てて声を上げたのはソウコである。
「どうしたの、ソウコちゃん」
「そんな、お昼がおそばだけなんて、それこそありえないわよ」
「どうして?」
「だって…おそばだけじゃ、夕食までにもたないじゃない」
「まさか…ソウコちゃん、あの熊鍋食べても食欲健在ってこと?」
「当然じゃない。育ち盛りの女の子は、食べ盛りでもあるの!」
 当然、と言い切るソウコに、ユキも言葉を失う。
「それじゃ…妥協して、デザートに干し柿をつけるのでどうでしゅか?」
「だめだめ…とんでもない!」
 おシゲが提案するが、ソウコは首を強く横に振った。
「そんなんじゃお腹にたまらないじゃない…もっとちゃんとしたもの作りましょうよ」
「ちゃんとしたものって、何でしゅか?」
「そりゃもちろん…テンダーロインのステーキとか、海の幸いっぱいのパエリアとか、牛タンシチューとか、白身魚の香草バターソース添えとか…ああ、考えるだけでお腹が空いてきちゃう!」
 両掌を頬に添えてうっとりとした視線を泳がせるソウコを、クラスメートたちはやや持て余す。
「それ、誰が作るんでしゅか?」
 さめた声でおシゲが訊く。
「もちろん、私たちみんなでよ! みんなで協力すれば、できないことはないわ!」
「まあ、みんなでやるのはいいとして…もう少し現実的なメニューを考えましょ。ここにある材料だけで作らないといけないんだし」
 トモミがようやく話を元に戻す。
「そうね。どうしようかしら」
 ユキが厨房に残る食材に眼をやる。
「…体育委員会が取ってきた魚が、まだ残っているわね」
「でも、全員の分には足りないわ」
「じゃ、つくねにして、お汁に入れましょう」
「そうね。お野菜もあるし、一緒に煮れば一品にはなるわね」
「…でも、ただお汁をつくっただけじゃ、面白くないと思わない?」
 腰に手を当てたままぬっと顔を突き出すユキの表情は、すでに何かを企んでいる。
「ま、まさか、ユキちゃん…?」
 ソウコが後ずさりする。
「当たり!」
 ユキが人差し指を立てて白い歯を見せる。
「何個か激辛つくねを作りましょ! 唐辛子と山椒をたっぷり練りこむの♪」

 

 

「くノ一をシフトに組み込んだのはよくなかったかも知れぬ…」
 腕組みをした仙蔵が軽くため息をつく。
「くノ一の仕込んだ激辛つくねが保健委員会に当たったのはお約束だからいいとして、黒古毛先生にも当たってしまうとはな」
 般蔵と保健委員たちが床をのたうちまわるほどの騒動だったのだが、それを仙蔵は、ちょっとした世間話のような何気なさで言うのだ。
「くノ一には、土井先生が練り物嫌いということは伝わっていなかったのだろうか、それとも、あえてつくねをメニューにしたというのだろうか…」
 あごに片手を添えながら、考え深げに仙蔵は続ける。
「だからって、むりやり食べさせることもないと思うんですが…」
 兵太夫が怖気をふるう。半助がつくねを食べないと見るや、くノ一たちは総出で半助を取り押さえ、嫌がる半助の口につくねを押し込み、無理やり呑み込ませたのである。
「あれは拷問、というよりむしろ処刑だったな」
 藤内が恐ろしげに言う。必死の抵抗むなしくつくねを呑み込まさせられた半助は、忍装束は半ばはだけ、髷も解けた落武者のような姿で校庭へと吐き出しに駆けていったのだった。
「まあいい。五番手はわれわれ作法委員会だ」
 何事もなかったかのように、仙蔵は爽やかに言う。
「出陣の作法としては、打鮑(うちあわび)、勝栗(かちぐり)、昆布を口にするものだが…こら、喜八郎。これから料理をするのだから、鋤は置いて来い」
「はーい」
 厨房の真ん中に落し穴を掘りかけていた喜八郎が、鋤を担いで表に向かう。
「そこまで作法にこだわらなくてもいいんじゃないでしょうか」
 イライラを苦労して隠しながら伝七が言う。伝七としては、早く夕食の準備を終えて、明日の予習にかかりたかったのだ。
「それもそうだな」
 あっさり仙蔵が頷く。考えてみれば、戦の作法に食べ方はあっても、メニューについての決め事はない。供されたものをどのように口にするか、ということが重要なのだ。
 -つまり、作法委員会らしいメニューなどというものは、存在しないのだ。
 そう考えが至ると、急速に食事作りに関心を失っていく。
「立花せんぱ~い」
 飄々とした声が聞こえたと思うと、勝手口から真っ黒になった喜八郎が入ってきた。
「げ…綾部先輩」
 藤内たちが思わず後ずさりする。
「どうしたんだその格好は」
 仙蔵の声が険を帯びる。
「裏の菜園で落し穴を掘ってたら、こんなにイモがとれましたぁ」
 喜八郎の手には、大量の山芋が提げられている。
「ほう、山芋か」
 仙蔵が身を乗り出す。
「よし、夕食と明日の朝食は、山芋の雑炊にしよう」
「え…雑炊だけ、ですか?」
 兵太夫がぎょっとした声を上げる。
「もちろんだ。忍というものは、万事質素であるべきだからな。なに、漬物でも添えれば文句は出まい」
「いや、出まくると思うんですが…」
 藤内もおろおろと言う。
「それは、忍としての自覚がないとしか言いようがないな…よし、お前たちはイモを洗って皮をむくんだ」
 米を研ぎ始めながら、ばっさりと仙蔵は切り捨てる。

 

 

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