Pray

 

大遅刻してしまいましたが、七夕にちなんで書いたお話です。

現代では、七夕といえば笹に願い事を書いた短冊をつけて…というものですが、これは江戸時代からの習慣のようで、室町時代は学芸の上達を願って木に和歌を結び付けていたようです。

というわけで、五年生たちにはずいぶん時代を先取りした七夕を楽しんでもらいます。形は違えど、七夕の星空に込める願いはきっと変わらないとおもいつつ。

 


「よお、持って来たぜ」
「お、待ってたぜ」
「なかなかいい感じだな」
 五年長屋の縁側に座っていた仲間たちのもとに、笹竹をかついで勘右衛門が戻って来た。
「ようし、願い事書こう」
 廊下の柱に笹竹を結わえつけている間に兵助が短冊と筆を持ってきた。
「おっし」
「俺も」
 皆が筆と短冊を手に取る。
「なあ、願い事って一つだけなのかなあ」
 誰にともなく八左エ門が訊く。
「いいんじゃねえの、いくつでも。短冊いっぱいあるんだし」
 すでに何やら書き込みながら勘右衛門が応える。

 

 

「で、なんだよこれ。『成績向上』って」
 目ざとく兵助の短冊を見つけた三郎が声を上げる。
「誰だよそんなの書いたヤツ」
「兵助」
「うわ、おまえ今でも十分成績いいのにまだ上狙ってるわけ? どんだけ貪欲なんだよ」
 仲間たちにわいわい言われた兵助が頬を赤らめる。
「うるさいな…いいだろ、願い事なんだから」
「これ雷蔵だろ。『迷い癖がなくなりますように』って」
 別の短冊を手に取った八左エ門がニヤリとする。
「うん。もちろん自分でもがんばるけどさ、お星さまが手伝ってくれたらもっといいかなって」
 ほんわかした笑顔を見せる雷蔵である。
「さすが私の雷蔵、けなげでいいねえ」
 その肩に腕を回す三郎だった。
「あっ、これは兵助か八左エ門だ。『六年生の委員長ができますように』」
 三郎に肩を寄せられてもなにごともないかのように手近にあった短冊に眼を落した雷蔵がおかしそうに言う。
「あ、それ俺」
 照れくさそうに八左エ門が白い歯を見せる。
「あ、俺も書こうと思ってたのに…」
 すかさず兵助が口を挟む。と、次の瞬間二人そろって笑い出した。
「ははは…やっぱ考えること同じだな」
「そうだな…ははは」
「でもなあ、こないだ委員長シャッフルが大失敗したばっかだしな」
 澄ました声で三郎が突っ込む。「それに、立花先生に生物委員長の兼任お願いして断られてたのはどこの誰だったかな?」
「あれなあ…」
 笑い終えた八左エ門が肩をすくめる。「ドサクサ紛れにいいチャンスだと思ったんだけどなあ…」
「相手があの立花先輩だぜ?」
 三郎も肩をすくめる。「ドサクサ紛れなんてのが通じるわけないだろ」
「で、これは勘右衛門の短冊だな…」
 話を転換させようと八左エ門が別の短冊を手に取る。と、「ぶっ」と口をふさいで噴き出しそうになるのをこらえる。
「どうしたのさ」
 興味を持ったらしい兵助が身を乗り出す。と、平助も「ぶっ」と口を押える。取り落とした筆がころころ転がる。
「なんだよ」
「どれどれ」
 耳まで真っ赤になって笑いをこらえている二人に三郎と雷蔵も短冊を覗き込む。
「あはははは!」
「ぶはははは!」
 足をばたつかせて笑い出したのは雷蔵である。その傍らで三郎も腹を抱えてうずくまりながら笑い転げる。「なんだこれ…『もっと女の子にモテますように』って!」
「あはははは!」
「ぶはははは!」
 こらえきれないように兵助と八左エ門も笑い出す。
「な、おかしいだろ?」
 涙目で笑い転げながら八左エ門が言う。「まるでいまでも女の子にモテてるようなこと書いてら!」
「で、その勘右衛門はどこ行ったんだ?」
 涙を拭きながら兵助が身を起こす。
「そういえば…」
 雷蔵がきょろきょろと廊下を見回したとき、「おーい、たいへんだ!」
 ばたばたと廊下を走って勘右衛門がやってきた。
「勘右衛門、どこ行ってたんだよ」
 血相変えて駆けてくる姿に、兵助が首をかしげる。
「先生が寮の抜き打ち検査に来るぞ!」
「マジ?」
「やばっ!」
 皆が慌てて立ち上がる。
「いま四年生の長屋をチェックしてる。もうすぐこっちに来るから…その笹竹、どっか隠さなきゃ!」
「といっても…」
「部屋にはかくせないし…」
「わかった!」
 素早く柱から解いた笹竹を三郎がかつぐ。「これは私が何とかする。雷蔵、すぐ部屋を片付けろ! 雷蔵の荷物がいちばん散らかってるから」
 言うや三郎が走り去る。
「わ、わかった!」
「よし、俺たちも」
 皆が一斉に自室の片付けに走る。

 

 

「ふう、危なかった…」
「抜き打ちチェックなんてやめてほしいよな…心臓に悪いぜ」
「そうだそうだ。年頃の男子には見られちゃ困るもんだってあるのによ」
 鉄丸たちが寮室のチェックに訪れた後の縁側では、五年生たちが胡坐をかいたり柱にもたれたりして安堵のため息をついていた。
「それにしても、勘右衛門が知らせてくれて助かったよ。よく気付いたね」
 雷蔵がほっとしたように笑いかける。
「ああ…今夜、星を見るのに笹竹だけじゃちょっと寂しいだろ? だから食堂のおばちゃんに団子を頼みに行ってたんだ。そしたら抜き打ちチェックやってるの見ちゃってさ」
 自慢気に小鼻をふくらませながら勘右衛門が言う。そして、ふと辺りを見回す。「で、笹竹はどーした?」
「ああ。とりあえず学級委員長委員会室に隠してきた」
 三郎が応える。
「じゃ、取りに行くか」
 勘右衛門が立ち上がる。
「私も手伝う」
 三郎も続く。「短冊とかもぜんぶ運びこんじゃったからな」

 

 

「あ…せんぱい」
 誰もいないと思ったので声をかけることなく学級委員長委員会室の襖を押し開いた三郎だったから、部屋の中にいた小さな影にぎょっとして足を止めた。すぐ後ろを歩いていた勘右衛門が三郎の髷に頭を突っ込む。
「ごへ…んだよ三郎、急に止まるなよ」
 ぶつくさ言いながら三郎の肩越しに部屋を覗き込む。
「庄左ヱ門…」 
「どうしたんだ? こんなところで」
「いえ、ちょっとわすれものをとりにきたら、笹竹があったので…」
 部屋の隅に立てかけた笹竹の前にたたずんでいた庄左ヱ門が、結わえてある短冊を手に取る。「いろんなお願いごとがかいてありますね」
「一年生はやらないのかい?」
 部屋の中に足を進めながら三郎が訊く。「私たちは一年生のときから毎年やってるけど」
「ぼくたちもそのつもりだったんですが…」
 きまり悪そうに庄左ヱ門が説明する。「は組のみんな追試になっちゃって、それどころじゃなくなって…」
「…そっか」
 さもありなんと顔を見合わせる三郎と勘右衛門だった。庄左ヱ門を除く全員が追試では七夕の気分にもなれないだろう。
「じゃ、庄左ヱ門も私たちの七夕に便乗したらどうだい?」
 三郎が声をかける。「一人じゃつまらないだろ?」
「あ、いいんです」
 慌てて両掌を振りながら庄左ヱ門が言う。「せんぱいたちのおじゃまになってしまいますから…では、しつれいします」
 ぺこりと頭を下げると足早に立ち去る庄左ヱ門だった。
「どういうわけだ?」
 ふたたび顔を見合わせる三郎と勘右衛門だった。
「さあ…やっぱり同じクラスの連中と一緒の方がいいってことじゃないの?」
「そっか…まあ、そんな遠慮深いところも私の庄左ヱ門らしいな」
「はいはい分かったから…ほら、三郎、硯にちょっと水差しといてくれよ」
 笹竹を担いだ勘右衛門が、したり顔で納得する三郎の肩を軽く小突く。「カピカピに乾いちゃってら」
「わかったよ」
 水差しから硯に水を足した三郎がふと顔を上げる。開け放したままの襖からのぞく廊下がひどく空虚に見えた。

 

 

「織姫と彦星はどこだ?」
「あの山のとがったところの上あたりにあるだろ」
「あ、ホントだ」
 日が暮れて、五年生たちは長屋の廊下に集まって星を眺めていた。柱には笹竹が結わえられて、たくさんの短冊が夜風に揺れている。
「あ~あ、俺の織姫さんはどこにいんのかなあ」
 団子を口に放り込んだ勘右衛門がもぐもぐしながら言う。
「へえ、勘右衛門は一年に一回しか会えなくてもいいんだ」
 胡坐をかいた膝の上に肘をついた兵助が面白そうに突っ込む。
「私はそんなんじゃ満足できないな」と三郎。「毎日、いや、一日中そばにいないと気が済まないさ。な、雷蔵」
「で、勘右衛門の会いたい織姫さまってどんな感じ?」
 三郎に髷をいじられたまま雷蔵が首をかしげて訊くと、続けて団子を頬張る。
「そりゃもちろんだな、かわいくて、目鼻立ちがぱっと華やかで、胸が大きくて…」
「お、それいいな」
 八左エ門が身を乗り出す。「俺もそれ乗った!」
「乗るとかどうかの話じゃないだろ」
 三郎が肩をすくめる。「てか、女以外の話題はないのかよ勘右衛門」
「あるに決まってんだろ」
 次の団子を口に放り込んだ勘右衛門が澄まして言う。「卒業したら一流の忍者になって、デカい城に就職してだな…」
「あ~、それ、織姫さまに出会うより難しいだろうな」
「だな」
「なんだよそれ」
 にぎやかに話している友人たちに耳を傾けていた兵助が、ふと傍らの笹竹に結わえられた短冊のひとつに眼が止まった。
「なあ、これ、誰の書いたやつだ?」
 声を上げた兵助に、皆が集まって短冊を覗き込む。
「これ、低学年の筆跡だな」
「ああ。だけど…」
「『いくさがなくなりますように』か…」
 呟いた八左エ門が眉を寄せる。
「庄左ヱ門だな」
 ぼそりと呟く三郎だった。
「ああ、そうだ」
 頷く勘右衛門にいぶかしげな視線が集まる。
「この笹竹取りに学級委員長委員会室にいったら、庄左ヱ門がいたんだ。なんか思いつめた顔でこれ見てた」
 誰もいないと思った薄暗い室内で、笹竹を前に立ちすくんでいた小さな影を眼にしたときの驚きを思い出しながら三郎が呟く。
「庄左ヱ門らしいね」
 歳の割にはしっかりした字の上に指をすべらせながら雷蔵が言う。「とっても真面目だからね」
「だけど、戦がなければ忍のほとんどは用なしなんだよ」
 乾いた声で兵助が指摘する。
「うん、わかってる」
 寂しげな笑顔で雷蔵は短冊を見つめている。「かなわない…夢なのかな」
「雷蔵の願いと同じなんじゃないか」
 その傍らで三郎が穏やかに語りかける。
「同じ?」
 顔を上げた雷蔵が不思議そうに三郎を見つめる。その眼を見つめ返しながら三郎が続ける。
「言ったろ? 自分でも頑張るけど、お星さまの力も借りたいって。戦だって、私たちが頑張ればもしかしたらなくなるかもしれない。でも、もっと大きい力を借りればもっと早くなくなるかもしれない。だから庄左ヱ門はこの短冊を書いたんじゃないか」
「じゃ僕も」
 筆を執った雷蔵が、短冊に『戦がない世の中になりますように』と書き込む。
「そうだな」
 八左エ門も同じように書きつける。「一人より、大勢でお祈りした方が効き目あるかも知れねえからな」
「じゃ俺も」
「私も」
「俺も」
 皆が同じことを短冊に書いて笹竹に結わえつける。
「これで、みんなの願い事になったね」
 笹竹を見ていた雷蔵が星空に眼を移す。
「だな」
 三郎が頷く。「六人分のお願いなら、きっとすぐに叶うさ」
「きっと奇跡だっておこるさ…庄左ヱ門の願い事だからな」
 朗らかな声で勘右衛門も星空を見上げる。
「俺たちも、やれるよな」
 八左エ門が誰にともなく、だが力強く言う。「叶えてやろうぜ。庄左ヱ門の願いごと」

 

 

 

<FIN>

 

 

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