さがし人

八左ヱ門が兵助を探しています。いろいろな人の用事を背負いながらも、でも探している本当の理由はきっと別にあるのです…果たして八左ヱ門は兵助を見つけ出して、彼の用件を果たすことができるのでしょうか。

 

 

 食事時間が終わり、食堂は明かりを落とされて薄暗くなっていたが、厨房は明るい。おばちゃんは翌日の仕込みに忙しく立ち働いていた。
「あの…失礼します」
 遠慮がちな声におばちゃんは顔を上げた。カウンターから申し訳なさそうな表情を覗かせているのは兵助である。
「あら、久々知くん。こんな時間にどうしたの?」
 先ほどまで、演習戻りの五年生たちに混じってうまそうに夕食にしていた姿を見ていたおばちゃんは、不思議そうに訊く。「こんな時間に来ても、何もないわよ」
「いえ…そうではないんです」
 夕食、とってもおいしかったです、と付け加えながら兵助は苦笑して首を横に振る。
「じゃ、どうしたの?」
「あの、これ」
 顔をやや赤らめた兵助がカウンターの上に桶を置く。ああ、とおばちゃんは合点がいったように頷く。
「お豆腐ね?」
「はい。作ってみたので、味を見ていただければと思って…」
「そぉお? じゃ、いただいてみようかしら」
 豆腐を皿に取ったおばちゃんはさっそく豆腐を口に運ぶ。
「…いかがでしょうか」
 兵助が息をのんだような表情で訊く。
「う~ん、そうねえ…」
 合点がいかないようにおばちゃんは首をかしげる。「これ、久々知くんがつくったの?」
「はい、そうですが…」
 おばちゃんの表情の意味をすぐに見取った兵助が力なく言う。「やはり、ダメでしたか…」
「やはりって、そんなに自信なかったの?」
 信じられないというように眉を上げる。「久々知くん、いつもとってもおいしいお豆腐作るじゃない」
 そして、心配げに訊く。「どうかしたの? 体調でも悪いの?」
「あ、いえ、そういうわけではないのですが…」
 慌てて兵助が口を開く。「ただ、いつもと同じようには作れなかった…かもしれません」
「どういうこと?」
「それが…考えごとがあるというか…集中できなかったのです」
「それはそうね」
 納得したように腕を組んだおばちゃんが頷く。「きちんと集中して作るか、気もそぞろで作るかでは、出来が違っても当然よ」
 そして、続けて訊く。「そんなに考え込むようなことがあったの?」
「…」
 黙って俯く兵助だった。おばちゃんは辛抱強く続きを待った。
「すいません。なんでもないんです…お騒がせしてすいませんでした」
 なにかを振り切るようにぺこりと頭を下げた兵助が足早に立ち去る。
 -これは重症ね…。
 その背に拒絶を感じて何も言えずに見送るおばちゃんだった。

 

 

「おばちゃん! 薪割り終わりました!」
 翌朝、勝手口から響く元気のいい声に、皿洗いをしていたおばちゃんが顔を上げる。
「ありがとうね。いつも助かるわ…ところで竹谷君、ちょっといいかしら」
「はい、なんでしょうか」
 首を傾げた八左ヱ門が厨房に入ってくる。「実はね…」とおばちゃんが口を開く。

 

 

 -兵助の様子が変、かあ…。
 おばちゃんの話は八左ヱ門を当惑させた。
 -そういや、最近、兵助とあんま話してなかったな…。
 最近は学年の合同授業もなかったし、放課後は委員会活動で忙しかったことを思い出す。食事や風呂のタイミングも合わず、廊下ですれ違ったときに声をかける程度だった。だが、そういえばいつもより元気がなかったような気もして、どうしてその時にきちんと話をしなかったのだろうかと考える。
 -どうしてそのとき、もっと兵助のことを気遣ってやれなかったんだろう…。
「あの、竹谷先輩」
 考え込んでいたせいで、遠慮がちにかけられる声に気付くのが遅れた。
「お、おう。どうした、守一郎」
 立ち止まって顔を上げる。そこには困ったような顔で立つ守一郎がいた。
「あの、これを…」
 言いながら小さな包みを懐から出す。「久々知先輩にお返ししたいのですが、見かけませんでしたか?」
「兵助か?」
 今まさに考えていた当の人物の名前にドキリとしながらも、平静を装う。「そういや、今日はまだ見てないな…」
「そうですか…」
 困ったように守一郎は包みを懐に戻そうとする。
「あ、でもさ」
 気が付くと声をかけていた。「あとで俺が兵助に渡しといてやろうか?」
「いいんですか?」
 守一郎が目を輝かせると、いそいそと包みを手渡す。「ああよかった。久々知先輩が置き忘れられたのにあとで気付いたもんですから、どうやってお返ししようかと思って…」
 もちろん中を見るなんてしてません、と付け加える。
「そっか」
 頷いた八左ヱ門だったが、ふと気になって訊ねる。「でも、どうしたこれが兵助のものだってわかったんだ?」
「はい、実はいま、久々知先輩に火薬のことについて教えてもらっているんです」
 急にはきはきした口調になって守一郎が答える。
「火薬?」
 一瞬、兵助と火薬を教えることが結びつかなくて声を上げる。
「はい。俺、実はまだ火縄のことも火薬のこともよく分かってなくて先生に相談したんです。そしたら『火薬のことなら火薬委員会の久々知に聞けばいいだろう』とおっしゃったものですから」
「ああ…そういうことか」
「やっぱ久々知先輩、すごいですね!」
 身を乗り出さんばかりに守一郎は続ける。「火薬の調合とか、早合のこととか、なんでもご存知で教えてくださるんです!」
「まあ、兵助は火薬委員会の委員長代理だからな」 
「それに、煙をたくさん出す方法や爆発力を上げる方法なんかも教えてくださって…俺には高度すぎて、とりあえずメモするしかできなかったんですけど…」
 言いながら照れたように肩をすくめる。
「そっか。まあ、がんばれよな」
「はい! ありがとうございます!」
 元気よくぺこりと頭を下げると守一郎は走り去った。
 -そっか。兵助の忘れ物か…。
 ふと手渡された包みが持ち重りするようにおぼえて八左ヱ門は内心ため息をつく。
 -なんでこんなの引き受けちまったんだろ…。
 それはもちろん、自分も兵助を探していたからなのだが、もっとそれらしい理由を求めていたからでもあった。「おばちゃんが心配してたぞ」というだけでもいいのだろうが、学園内をほっつき歩いて探し回るにはよりもっともらしい理由が必要なように思えた、それだけだ…。
 


「おい、八左ヱ門。聞いてんのかよ」
「ほえ?」 
 気がつくと、眼の前には三郎と雷蔵がいた。
「なにか考えことでもしてたのかい?」
 心配そうに雷蔵が訊く。
「いや、ちょっと兵助さがしてただけだよ」
 いかにも何気ないように応える。
「兵助?」
 雷蔵が眉を上げる。「そういや、今日見かけた?」
「いや。見てない」
 三郎が頷く。「で、なんで兵助を探してるのさ」
「なんでって、用があるから探してるのに決まってんだろ」
 そして見つからずにいる…。
「あ、それならさ、ついでに兵助見つけたら伝えといてほしいんだけど」
 ふと思いついたように雷蔵が口を開く。「図書室の本、期限過ぎてるから早く返しに来てって」
「え? あ、ああ…」
 唐突に頼まれて思わず口ごもった八左ヱ門に「じゃ、頼むね」と笑顔を見せると、雷蔵たちは歩み去った。
 -なんだよ。また兵助への用を頼まれちまったじゃねえか…。
 いよいよ気重になって歩き出そうとしたとき、
「竹谷せんぱ~い!」
「竹谷く~ん!」
 大声で呼ばわりながら駆けてくるのは伊助とタカ丸である。いやな予感がした。
 -あの二人、火薬委員会ってことは…!
 とはいえ逃げ出すわけにもいかず立ちすくんでいるところに、肩で息をしながらやってきた二人が足を止める。
「ああよかった、竹谷せんぱいなら…」
「ねえ竹谷くん、久々知くん見なかった?」
「え…兵助なら俺も探してるとこなんだけど…」
 ああやっぱり、と脱力感をおぼえながら応える八左ヱ門だった。
「ぼくたちもです! 竹谷せんぱい、もし久々知せんぱい見つけたら伝えていただきたいんですが…」
「煙硝蔵のカギを久々知くんが持ってるはずなんだけど…このままじゃ煙硝蔵にカギがかけられなくて困ってるんだ」
「あ、ああ、そうですか…見つけたら言っときます…」
 口々に説明する二人の勢いに呑まれた八左ヱ門が曖昧に頷く。
「よかった。じゃ、お願いね…伊助くん、あと久々知くんがいそうな場所って?」
「えっと…図書室とか…」
「よし、じゃ図書室行こう!」
 タカ丸と伊助が言葉を交わしながら走り去る。
 -兵助がいそうな場所、か…。
 タカ丸の台詞が頭に引っかかった。
 -ほかの連中が知らない、兵助がいそうな場所は…あそこだ!
 くっと踵を返した八左ヱ門が走り出す。

 


「やっと見つけた…ずいぶん探したんだぜ」
「八左ヱ門」
 がさがさと萱を踏みしめる音に振り返った兵助に八左ヱ門が声をかける。
「こんなとこで何してたんだよ」
 兵助は忍たま長屋の屋根に膝を抱えて座っていた。傍らに八左ヱ門が胡坐をかく。「みんな探してたぜ?」
「みんな?」
「ああ。伊助とタカ丸さんは兵助が煙硝蔵のカギを持ってるはずだって探してたし、雷蔵は図書室の本を早く返せって言ってたし、あとこれは守一郎から預かったお前の忘れ物…ほらよ」
 言いながら懐から出した包みを手渡す。
「ああ…ありがとう」
 眼を見開きながら聞いていた兵助が包みに視線を落とす。「ああ、あの時忘れたんだ…図書室の本」
 たすかったよ、とはにかんだように笑いながら八左ヱ門に眼を戻す。
「そっか。で、煙硝蔵のカギはいいのかよ」
 よかったな、と笑い返した八左ヱ門が訊く。
「カギなら土井先生が使うっておっしゃってたから渡したんだけど…おかしいな」
「ならいいんじゃねーの? きっと土井先生がカギかけてくださるだろ?」
 ようやく気安くなった八左ヱ門があっさり言う。「それよか、食堂のおばちゃんが心配してたぜ?」
「心配?」
 おうむ返しする兵助だったが、その表情は思い当たる節があるようである。
「なあ兵助…自分でも豆腐のできがよくないことが分かるほどだったんだろ? おばちゃんもそこんとこ心配してたぞ?」
「ああ、そのことか」
 納得したように小さく兵助は頷く。「でもそれ、八左ヱ門のせいなんだけど」
「え…俺のせい?」
 思わぬ返事に眼を丸くする八左ヱ門だった。
「そうだよ…この前、俺の作った豆腐食べてもらったとき、なんかビミョーな感じだっただろ?」
 そこまで言うと兵助は顔を背けて膝を強く抱えた。「俺、それが気になってさ…」
「え?」
 思わぬ台詞に八左ヱ門が眼を丸くする。「そんなことあったか?」
「あったさ!」
 兵助の口調が強くなる。「先週、俺の新作の豆腐を試食しただろ…?」
「え? ああ、あれか…」
 ようやく思い出した八左ヱ門が声を上げる。「そういやあの時、ちょっと考えごとしてたな」
「考えごと?」
 弾かれた表情で兵助が眼をぱちくりする。
「実は一平に宿題のことで質問されててな…」
 照れ隠しに頭をがしがし掻きながら説明する。「だけど一年い組って思ったより高度なことやってるらしくてすぐに俺も答えられなくてさ…んでもってちょっと考えていたかも知れないな」
「それであんな顔してたってことか?」
 呆れたように兵助が声を上げる。「てっきり、俺の豆腐がよっぽどまずかったのかなって思ったんだけど」
「え、そうなのか?」
 八左ヱ門も声を上げる。「俺、そんな顔してたか?」
「してたさ!」
 兵助の口調が強くなる。「それからずっと、そのことが気になっててどうしても豆腐作りに身が入らなくて、おばちゃんにも集中できてないって言われたし…」
「だったらそのことは解決だな!」
 にやりと八左ヱ門が歯を見せる。「あんとき、兵助の豆腐はおいしく食ったからな!」
「なあんだ」
 兵助の表情から力が抜ける。「心配して損したよ。あのときの八左ヱ門、『いいんじゃね?』って言っただけだったから、俺、よっぽど口に合わなかったのかってすごく気にしてたんだぜ?」
「悪ィ」
 素直にぺこりと頭を下げる八左ヱ門だった。「兵助がせっかく作ってくれた豆腐、気もそぞろで食ってた。ごめんな」
「いいよ、そんなこと。それより…」
 ぱっと表情を変えた兵助が身を乗り出す。「俺、今すごく豆腐作りたくなった! 八左ヱ門、食べてくれるかい?」
「あ、ああ…いいけど」
 兵助の表情の変化に戸惑いながら八左ヱ門は頷く。
「やった! じゃ、食堂行こうぜ!」
「え? これからかよ」
「もちろんさ! 善は急げだろ?」
 八左ヱ門の手をつかんだ兵助が立ち上がる。つられて八左ヱ門も立ち上がる。
「お、おい…ったくせっかちだな」
 屋根の勾配にバランスを崩しそうになって慌てて踏ん張りながら八左ヱ門が苦笑する。
「最近、八左ヱ門と話してなかったからさ…はやく行こうぜ!」
「なんだよそれ…ま、いいけどな!」
 屋根の萱を踏みしだきながら走る兵助の手を握り返しながら、八左ヱ門も白い歯を見せて笑う。

 

 

<FIN>

 

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