ツバメのころ

火縄銃が得意な虎若は、同時に生物委員として生き物も大好きなのではないかな、という願望のもとに書いてみました。佐武衆の頭領の子として、火縄が何の目的で使われているかは分かっていても、まだ憧れの比重のほうが大きい虎若と、先輩としてちょっと危ういものを感じている八左ヱ門、という構図が書きたかっただけです。

 

 

「見て見て! ツバメのヒナだ!」
「こっちにもあるよぉ!」
「かわいいなぁ」
 今年も、学園にはたくさんのツバメたちがやってきた。軒下にずらりと並んだ巣を、生物委員会の一年生たちが見上げている。
「あ、またヒナが顔を出した!」
 いま、親ツバメが軒先を潜り抜けて巣のヘリにとまる。待ちかねたヒナたちが一斉にさえずりながら首を突き出す。
「ツバメって、ふしぎだよね」
「どこが?」
「いつの間にか来ていて、あっという間に巣を作って、気がついたらあんなにヒナがにぎやかにしていてさ…まるで忍者みたい」
「ははは…そうだね」
「でもさ、ツバメって、どこから来るんだろう」
「ツバメは、ずっと遠い南の国から来るんだって。父ちゃんが言ってた」
 虎若が言う。
「ずっと遠くって?」
「南蛮から来るんだって。ツバメも、硝石も」
 いかにも火薬に縁の深い佐武衆の子らしい言葉だった。
「ふーん、硝石も…か」
「あ、また親が帰ってきたよ!」
 三治郎が弾んだ声で指をさす。
「かわいいなぁ…伊賀崎先輩も、そう思いませんか?」
「ああ…だな」
 ふと通りかかった伊賀崎孫兵は、当惑したように視線をツバメたちに向ける。
 実のところ、孫兵が眼をやったのはツバメたちの口元だった。くわえているのが、ペットの毒虫たちではないかと気が気でないのだ。
 -あいつらは、よく食べるからな…。
 孫兵にとって、ツバメたちの子育てシーズンは、不安要素が高まる。
 食欲旺盛なヒナたちのために、親ツバメたちは必死でエサを探している。そして、そのエサとなるのが、うっかり散歩に出てしまった孫兵のペットの毒虫たちだった、というアクシデントが、この時期は多いのだ。
 これ以上ツバメたちを見ていると心臓に悪い、と考えた孫兵は、用件を思い出して声を上げた。
「こら、おまえたち、こんなところでツバメの巣みてる場合じゃないぞ。午後から菜園の手入れがあるんだからな」
「あ、そうだった」


「どうしようどうしよう」
 放課後の一年は組の教室に駆け込んできたのは、一年ろ組の初島孫次郎である。おろおろと誰かを探すように教室の中を見回している。
「孫次郎、どうしたの?」
 教室を出かかっていた三治郎が声をかける。
「あ、三治郎…たいへんなんだ」
 孫次郎が駆け寄る。
「たいへんって?」
「ツバメの子が、巣から落ちちゃったんだ」
「なんだってぇ!?」
 だしぬけに大声を上げた三治郎に、教室掃除をしていた兵太夫たちや教室に残っていた乱太郎たちが振り返る。
「どしたの…三治郎?」
「と、虎若は?」
 三治郎が上ずった声で誰にともなく訊く。
「虎若なら、筋トレに行ったんじゃないかなあ」
 ほうきを手にしたまま兵太夫が答える。
「急いで呼びに行かなくちゃ!」
「うん」
 三治郎と孫次郎が教室を飛び出す。
「ねぇ、三治郎と孫次郎、なにをあんなにあわててたんだろう」
 乱太郎が、傍らのきり丸に訊くともなしに声をかける。
「ツバメの子がどうとか言ってなかったか?」
「うん、巣から落ちたって言ってた」
 しんべヱが続ける。
「そりゃたいへんだ。私たちも行ってみよう」
「そうだな」
「ぼくも行く!」


 廊下には既に人だかりができていた。座り込んだり屈みこんだりした生徒たちが覗き込んでいるのは、巣から落ちたツバメの子だった。力なく黒い翼を半開きにした姿で、すでに息はか細くなっている。
「どうしよう」
「もう弱っているね」
「巣にもどしてやろうか」
「でも、どの巣なんだかわからないよ」
 駆けつけた乱太郎たちも加わって議論していた背後から声が上がった。
「お~い、ツバメの子に触るな!」
 やってきたのは、一年い組の上ノ島一平に手を引かれた五年生の竹谷八左ヱ門だった。
「どうしてですか、竹谷先輩」
 三治郎が、厳しい表情の八左ヱ門を見上げる。
「人間の手が触れると、臭いがつく。野生の動物たちは、人間の臭いがついたものは、たとえ自分のヒナであっても決して近寄らない。だから、触ってはだめなんだ」
「でも、このままでは親もエサをやらないですよ」
 虎若が苛立った口調でいう。
「それも、親にまかせるしかない。たとえ親がえさをやらなくても、それは自然の掟なんだ」
「でも、それじゃ、ヒナが死んじゃいますよ」
「それも仕方がない。俺たちは、見守るしかないんだ」
「そんなぁ…」


 子ツバメの動きが止まった。
「あ…」
 三治郎がそろそろと手を伸ばす。こんどは八左ヱ門も止めなかった。
「ツバメさん…?」
 三治郎の指先が子ツバメの身体に触れる。羽毛に包まれた身体はまだ温かさを残しているようだったが、触れた指先に対する反応はない。
「しんじゃった…の?」
 当惑したような声で誰にともなく問いかける三治郎に、八左ヱ門が痛ましそうに面を伏せる。誰からともなく押さえた嗚咽が広がる。


「うわあああぁぁぁ…ん!」
 だしぬけに大音響の泣き声が響いて、しゃくりあげていた三治郎たちの動きが思わず止まる。
「お、おい…虎若まで、どうした」
 八左ヱ門が、当惑したように振り返る。
「だって、だって…かわ…いそう…だよ、ひとりで…しんじゃう、なんて…」
 泣きじゃくりながら、途切れ途切れに、それでもなんとか説明しようとする虎若に、八左ヱ門は、一瞬、眼を見開いたが、すぐに手を伸ばして虎若の頭をぐりぐりと撫でてやる。
「そうか。そうだよな。ひとりきりで死んじゃうなんて、かわいそうだよな」
 いずれ親ツバメも、兄弟たちも、何事もなかったように南へ向けて旅立っていくだろう。巣から落ちたばかりに命を落とした一羽の子ツバメのことなど忘れたように。
「もうすぐ、コイツの兄弟たちが、巣立ちをする。そして、親鳥と一緒に南に向かう。だけど、みんな、ここで死んだコイツのことを思いながら南に向かうんじゃないかな」
 静かに話しかける八左ヱ門に、いまは虎若も、しがみついて泣きじゃくっている。
 火縄を持つときの殺気さえ漂わせた表情と、一年生らしからぬ実力を知っている八左ヱ門は、ツバメの子が死んだと泣く虎若の姿がほんの少し意外であり、かつ安心感もおぼえた。
 -おまえも、やさしい心を持ったひとりの人間なんだよな。それでいいんだ。
 忍術学園という場所で、忍となるために詐術や殺人も学ばなければならないからこそ、小さいもの、かよわいものに対する慈しみの心を持つことが必要だと八左ヱ門は考える。それが、まともな心を保った人間であるために必要なのだ。だから、10歳にして火縄という殺人兵器を使いこなす腕前を持つ虎若が、まだあどけない心を併せ持っていることに、八左ヱ門は安堵するのだった。
 八左ヱ門は、自分の身体にまとわりついて泣いている一年生たちの頭を撫でながら言う。
「あとで、みんなで、コイツの墓つくってやろうな」

 

<FIN>