同床異夢/異床同夢

 

 戦国時代というのは、いくつもの勢力がとりわけ活発に合従連衡を繰り返し、その中では様々な思惑が交錯して同床異夢だったり異床同夢だったりという事態も繰り返されていたと思うのです。

 そんな諸勢力の思惑の中に巻き込まれてしまった高さこはどう動くのでしょうか?

 

 

「やあ、左近。お待たせ」
「数馬先輩」
 放課後、医務室の当番の交代にやって来た数馬だった。
「なにかあった?」
「特にありません」
「じゃ、左近はもう行っていいよ」
「はい。失礼します」
 ようやく部屋に戻って宿題ができる、と思いながら縁側を歩く左近がふと足を止めた。
「そこにいるのは誰だ!」
 廊下の角にひそむ人影に向かって声を上げる。影の大きさからみて大人らしかった。ということは学園に侵入した曲者の可能性が高い。恐怖感が一瞬背筋を冷やりとさせたが、ここは学園の中だと思いなおしてじりじりと近づきながら懐の苦無に手をかける。仮に力で負けても、大声を出せば必ず誰かが来てくれるはずである。
「私だ」
 足を踏み出そうとした瞬間、廊下の角から上背のある人物が姿を現した。
「高坂さん!」
 見知った人物に左近はほっとしたように笑顔を見せる。「今日は雑渡さんはご一緒じゃないのですか?」
「それより、ちょっと保健委員会のメンバーに来てもらいたいんだ」
 陣内左衛門はついとかがむと軽々と左近の身体を抱き上げた。
「あ、あの…どういうことですか…」
 突然のことに顔を赤らめて左近が言いかけるが、そのまま陣内左衛門は音もたてずに廊下を伝って校舎の裏の木立へと姿を消した。

 


「あの…どこまで行くんですか。下してください。僕、これから宿題をやらないといけないし…!」
 抱き上げたままずんずん山奥へと足を進める陣内左衛門に、そろそろ不安が勝って来た左近が身をよじらして降りようとする。
「もう少しだ。君の力が必要なんだ」
 背中に回された腕に少し力が入っただけで、左近の抵抗はあっさりと封じられる。
「いったい何なんですか、僕の力が必要って。僕はまだ二年生だし、…」
 忍装束越しにも汗ばんでいるのが分かる青年の身体にしっかりと背後から押し付けられて抵抗をあきらめた左近は、実力不足の低学年アピールに作戦を切り替える。
「…治療のことだって薬のことだってまだまだ…」
「着いたぞ」
 足を止めた陣内左衛門がそっと左近の身体を下す。
「着いたって、ここは…?」
 あたりをきょろきょろ見廻した左近の動きが止まる。「諸泉さん!」
 そこには右腕に包帯を巻いて木の幹に寄り掛かって座っている尊奈門がいた。
「どうしたんですか、このケガはっ」
 慌てて駆け寄った左近が包帯をほどこうとする。
「ちょっと作戦行動中に撃たれてね」
「鉄砲傷ですか?」
「かすっただけだ」
 言いながらも傷口が痛むのか顔をしかめる尊奈門だった。
「あっ」
 尊奈門の袖をまくり上げて丹念に治療していた左近が声を上げる。「ここにあるのは刀傷ですね。それも腫れてるじゃないですか!」
「それは…」
 ばつの悪そうな顔になった尊奈門が口ごもる。「ちょっと前の戦闘で…」
「ほかにもケガしてるんじゃないですか?」
 腰に手を当てた左近がぐっと尊奈門に顔を近づける。「プロの忍者なら、刀に毒が仕込まれてるかもしれないことも、鉄砲傷から鉛の毒が入ることもご存知ですよね? なのにどうして治療を受けていないんですか?」
 失礼します、と言いながら手早く忍装束を脱がしてほかに傷がないかを探す左近になすすべもない尊奈門だった。
「いや、もうこれくらいで…それにこんな無防備な格好では…」
 当惑したような台詞を左近は容赦なく遮る。
「ほら、ここにも!」
 袴をはぎ取った左近がさらに声を上げる。「お尻に打撲の痕があるじゃないですか…幸い腫れはひきかけてますが」
「ああ、それは組頭と偵察に行ったときに塀から落ちたときのだろう」
 少し離れた木に寄り掛かってニヤニヤしながら見ていた陣内左衛門が可笑しそうに言う。
「高坂さん…」
 尊奈門が情けない声を上げる。「部外者にそんなこと話さないでくださいよ」
「とにかく!」
 膏薬を貼りながら左近は言う。「ちょっとしたケガだからって甘く見ないで、必ず治療を受けてください! 傷から毒が入ったら大変なんですから! いいですね!」
「…はい」
 治療を終えて忍装束を着付けた尊奈門が端座して神妙に応える。

 

 

「尊奈門さんは、いつもあんなにケガしてるんですか?」
 学園に戻る道中、傍らを歩く陣内左衛門を見上げて訊く左近だった。
「まあ、アイツはちょっと多いかもな…だが、忍軍で仕事をしていればケガはつきものだ」
 死さえ珍しくない、とは言いかねて陣内左衛門は言葉を呑みこむ。
「いつも雑渡さんや高坂さんたちを見ていて思うことがあるんですが」
 まっすぐ見上げながらさらに問いかける左近だった。
「なんだい?」
「どうしてタソガレドキ忍者はいつも戦をしているのですか? そりゃお城のためにやってるってことは分かるんですけど、戦をして必ず勝つとはかぎらないし、そのせいで田畑が荒れたり、人が傷ついたり死んじゃったりするし、いいことなんて何もないと思うんですけど」
「戦にいいも悪いもない」
 左近の視線に顔をそむける陣内左衛門だった。「戦にあるのは必要な戦と必要でない戦だけだ。必要でない戦は他の城にやらせ、我らは必要な戦だけをやる。そのために動くのが我らタソガレドキ忍軍だ」
「よくわかりませんが、不必要に人が死んだり傷ついたりする戦は、僕はきらいです」
 ふいに左近が俯く。「戦をする人はたくさんいて、傷つく人もたくさんいるのに、治してあげられる人はほんとうに少ないんです。新野先生は伊作先輩たちがいくら頑張っても、治療さえ受けられずに死んでしまう人がたくさんいるんです。それなのに…」
 どうして、と言いかけた左近の頭を「シッ!」と鋭く遮った陣内左衛門が押さえつけて自分も身を屈める。
「えっ? どういう…?」
 言いかけた左近の口を手が覆う。「静かに。敵だ」
 -敵?
 藪の中に隠れた二人の眼の前を数人の忍が駆け抜ける。
「あれは…?」
「ドクササコ忍者だ。こんなところまで来ていたとはな」
「ドクササコって…すごい悪い城じゃないですか!」
 思わず声を上げる左近の口を陣内左衛門は慌ててふさぐ。
「シッ! まだ連中がそこらにいるかもしれないのだぞ!」
「し、失礼しました…でも、どうして?」
 声を潜めて左近が訊く。
「連中はドクタケと組んでよからぬことを企んでいる…まだその全貌は分からないが」
「ああ…」
 納得したように左近は頷く。ドクタケが珍しく同盟を組んでいるのがドクササコということは知っていたから。

 

 

「いばっとる! カピバラ! どこにおるのじゃ!」
 オーマガトキ城の城主の間で大間賀時曲時が呼ばわる。
「あの…いばっとるじゃなくて射場亨です」
「同じく貝原ですぅ」
 いつ果てるともなく間違って呼ばれる名前に律儀に訂正で応じながら二人しかいない忍が現れる。
「んなことはどうでもよい」
 上段の間を神経質そうに扇をいじりながら行ったり来たりする曲時は言う。「それより例の件、どうなった」
「例の件って…ドクササコとアカトキがうちの領内の村に持っている保護権をドクタケが買いたいって言ってきてる件ですか?」
 うんざりしたような口調で射場亨は言う。「でも、他の村のほとんどはタソガレドキが保護権もってるんですよ? タソガレドキに対するカウンターにしようって魂胆があからさますぎてまずいんじゃないかって思うんですが」
「それに、ドクササコはつい最近までタソガレドキに保護権を売りつけようとしてたんですよ。今回も裏で糸引いてドクタケと我々でいい条件を競わせちゃおうって思ってるんじゃないですか?」
 貝原太郎がおっとりした顔立ちに似合わぬ分析をしてみせる。
「それはそうかも知れぬ」
 ぱたぱたと扇をいじりながら曲時は一層落ち着かない足取りで歩き回る。「じゃが、このチャンスを逃すと、我らは一生タソガレドキの手下扱いになる…そんなことに耐えられるか?」
「私らはサラリーをいただければそれでいいんですが」
 太郎がしれっと言う。「てか、タソガレドキの手下扱いされたんじゃメンツが立たないってだけじゃないんですか?」
「なんじゃとっ!」
 癇癪を起した曲時が扇を床に叩きつける。「そもそもオーマガトキの家格は…!」
「…また始まったな」
 うんざり顔で亨が呟く。「昔はすごかったかも知れないけど、今は年貢もまともに取れないってこと、いい加減分かってもらいたいんだけどな…」
「分かってても認めたくないってのもあるんじゃないですか?」
 太郎がしたり顔で応じる。「でも、どう考えてもドクタケの話に乗るのはまずいと思うんですがね」
「…だな」
 なおも過去の栄光について長広舌を振るう曲時をちらと見上げながら亨も頷く。「そもそも領内の惣の連中だってタソガレドキ以外にもドクササコだのアカトキだの好きなところを頼ってるんだからな…」

 


「山田先生、土井先生。またドクタケが戦の準備をしているという噂がある」
 もったいぶった口調の大川に伝蔵と半助が顔を見合わせる。
「学園長先生。そんなの今に始まった話ではないでしょう」
「そうです。どれにドクタケのやることです。放っておけばいいのではないですか」
 これ以上授業の遅れが出ては困るとばかりに二人は言う。そもそも大川は厄介ごとを思いついては一年は組に持ち込んで授業を遅らせることが多すぎるのだ。
「じゃが、背後に別の城が動いているという噂もある…これは警戒するべきだと思わぬか?」
「別の城、ですか?」
 ふたたび顔を見合わせた伝蔵と半助が戸惑ったように声を上げる。
「私たちが聞いているのは、ドクタケの背後にドクササコがいるということくらいですが」
「なんじゃ、知っておったのか」
 眼を見開く大川に脱力する伝蔵と半助だった。
「知っておったって…ドクタケとドクササコが同盟を結んでいることなど、忍たまでも知っていることですよ?」

 


「…で、陣左はどうした」
 枝の上に横座りした昆奈門がけだるい口調で訊く。
「は…左近君を忍術学園に送ると言って出かけました」
 前に控えた尊奈門が応える。
「それにしては時間がかかりすぎとは思わんか」
「そういえば…」
 弾かれたような表情になった尊奈門だった。「もう三刻になります。とっくに戻っててもいい時間ですよね」
「ドクササコが学園の近くをうろついている。あるいはそのせいで動きが取れなくなっているのかもな」
「それは大変です!」
 尊奈門が立ち上がる。「すぐ援護に行かないと…」
「慌てるな、尊奈門」
 おもむろに懐から取り出した竹筒の水をストローで吸いながら昆奈門は言う。「陣左がついている。左近君は無事に学園に戻れるだろう…それより、ドクタケがオーマガトキにやたらとアプローチしているほうがよほど気になるとは思わんか」
「ドクタケが…オーマガトキにですか?」
 意外そうに尊奈門が眼を見開く。「ですが、オーマガトキは半ば我々タソガレドキの属国みたいなものではありませんか。ドクタケがいまさら何をしようっていうんです?」
「それが分からんから気持ち悪いのだ」
 ため息をついた昆奈門だった。「ドクタケ単独の動きなら、例によって何も考えてないのだろう。だが、その背後に別の勢力がついているとしたら、ことは厄介だ」
「ですが…ドクタケは何も考えずに戦ばかりしている城ですよ? いくらなんでもそれはないのでは…」
「考えろ、尊奈門」
 うんざりした口調で昆奈門が続ける。「ドクタケにもドクササコという同盟相手がいる。あるいは別の城とスポットで同盟を結んでいる可能性がある。どちらにしても甘く見ると痛い目に遭うぞ」
「はい」
 不承不承に応える尊奈門だった。腹の中ではオーマガトキがどうあがこうともタソガレドキがいなくては何もできっこないのに、と思いながら。

 


「あ、あのひと…」
 ドクササコ忍者に混じって歩く人物に、思わず声を上げかけて慌てて両手で口をふさぐ左近だった。
「知ってるのか?」
 傍らで片膝をついて鋭い視線で観察していた陣内左衛門が眼を向ける。
「あのひと、ドクタケ城の水軍創設準備室長のキャプテン達魔鬼です」
 一年は組ほどではないにしろドクタケの事情に通じている左近の口調に迷いはない。
「なに、ドクタケの者だと…?」
 意外な登場人物に陣内左衛門の脳内で状況を分析するための再計算が慌ただしく始まる。
 -確かにドクタケとドクササコは同盟を組んでいるが、そうであればこんな山の中でコソコソ会う必要はないはずだ…奴ら、何を企んでいる…?

 


「…で、オーマガトキにドクタケが接近していると?」
 神経質に扇を使いながら声を上げるのはアカトキ城主である。
「いかにも」
 眼の前に控えた忍組頭が応える。「それもオーマガトキにスポンサーを申し出ているとのこと」
「スポンサーじゃと?」
 城主の声がさらに上がる。「戦ばかりやっておるドクタケのどこにそんな金があるというのじゃ」
「資金の出元は、おそらくドクササコかと」
「ふむ、ドクササコか…なるほどのう」
 神経質に動かしていた扇がぴたりと止まる。「そういえば、オーマガトキ領の惣のいくつかはドクササコを頼っているそうじゃの」
「いずれにしろオーマガトキの領内でまともにオーマガトキに年貢を納めている村などありませぬ。それぞれの城がオーマガトキ領内の村にかばいの制札を掲げているありさまで…われらも同じではありますが」
 忍組頭が説明する。「そういうことで、領内から年貢が入らないオーマガトキ城としては、外からの収入に血眼になるのも無理はありません」
「そうであろう」
 城主がため息をついて脇息に肘をつく。「正直我々としてはオーマガトキから手を引きたいくらいなんじゃがの」
 オーマガトキ領のいくつかの村から頼られて年貢を受ける代わりに保護措置を講じているアカトキ城であったが、入ってくる年貢はたかだか知れていたし、戦の時に兵糧や人足を徴発できるほどの支配権を持っているわけではない。だからと言ってタソガレドキの強い影響下にあるオーマガトキにうかつに手を突っ込むほどにはリスクが高すぎる。どこか別の城に保護権を譲り渡して手を引きたいというのがアカトキ城の本音だった。
「であるならば、ドクタケかドクササコにでも保護権を売りつけるというのも手じゃのう」
 けだるい手つきで扇をつかいながらふと口にした考えだったが、よく吟味するとよいアイデアのように思えてきた。
「ほほう、なるほど…」
 忍組頭も身を乗り出す。
「じゃが、表向きは我らもドクササコもオーマガトキと協力関係ということになっておる…保護している村に代官を入れるためにキックバックを払っておるからの」
「であれば、ドクタケの動きが使えるかと」
「ドクタケか…ふむ、そうじゃの」
 無意識のうちに動かしていた扇をぱしと閉じる。「ドクタケにもったいをつけて売りつけるということか」
「ドクタケの背後にはドクササコがいます。ドクササコに話をつけて、表向きドクタケの強い要請に仕方なく応じたという形にすれば、オーマガトキから手を引いてもさほど目立つこともないかと…」
「…そうじゃな」
 脇息に寄り掛かりながら城主はしばし考えていたが、やがて大きく頷く。「あい分かった。その方向でドクササコと交渉せよ」
「はっ」

 

 

 -まったく、なぜドクタケ水軍創設準備室長の私がオーマガトキ城主を訪ねなければならないのだ。意味がわからん…。
 内心ぶつくさ言いながらオーマガドキ城に向かっているのはキャプテン達魔鬼である。
 -改良版恐竜さんボートの設計と実証実験もしないといけないというのに…。
 そんなことを考えているうちにオーマガトキ城に着いた。
「キャプテン達魔鬼が来るとは珍しいの」
 脇息にもたれた大間賀時曲時が声をかける。
「は」
 達魔鬼が短く応える。
「して、今日は何用じゃ?」
「実は、ドクササコから、オーマガトキ領内の村に持っている保護権を我らドクタケに売却したいとの相談がありました」
「なにをたわけたことを…」
 気を悪くした曲時の声が尖る。「オーマガトキ領内の村に対する支配権はあくまで我らオーマガトキのものじゃ。ドクササコが何を言おうとな」
「当然のことでございます」
 如才なく達魔鬼が頷く。来る途中では内心文句たらたらだったが、いざ作戦にかかればきっちり務めるのが達魔鬼である。「しかし、ドクササコの保護権が及ぶのはほんのいくつかの村にすぎませぬ。一方、大部分の村はいまやタソガレドキの影響下にあるというのもどうかと思いませぬか」
「当然じゃろう」
 曲時が苛立たしげに脇息を指先で叩く。「少しばかり我らオーマガトキに資金援助しているからといって我が物顔で口を出してくるし、タソガレドキの戦に参陣すれば露骨に粗末な扱いをするし、このわしをないがしろにするにも程がある!」
「そうでしょうそうでしょう」
 揉み手をしながら達魔鬼が頷く。「仮にもオーマガトキの城主殿への態度とは思えませぬな」
「そうなのじゃ!」
 わが意を得たりと曲時は声を上げる。「おまけに最近は、年貢の集まりが悪いのはわしのせいじゃと…だから引退して甥に城主の座を譲ってはどうかとまで言ってきたのじゃ!」
 その時の怒りがよみがえったのか、曲時の声のトーンがさらに上がる。
「まったく無礼にもほどがあります」
 眉をひそめてみせる達魔鬼である。「だからこそ、我らドクタケがドクササコの持つ保護権を買い取ることに意味があるのでございます」
「意味とな?」
 曲時が身を乗り出す。
「我らはあくまで年貢の一部をいただくだけのこと。タソガレドキのように曲時殿に引退を迫るような失礼な真似はいたしません。もちろん曲時殿には、引き続きオーマガトキ領をお治めいただくのが順当と我々は考えています」
「じゃが、タソガレドキが認めるだろうか」
 急に小心そうにいう曲時である。 
「だからこそ、我らドクタケの力をお使いいただければいいのです」
 達魔鬼の声に力がこもる。「タソガレドキとて、現在ドクササコが保護権を持つ村には何の影響力もありません。保護権がドクタケに移っても同じこと。しかし、ドクササコとちがって我らドクタケには力があります。そのドクタケがオーマガトキをないがしろにしない態度を見せれば、タソガレドキといえど考え直すでしょう。このままでは大間賀時殿のお心がタソガレドキから離れかねないと」
「とっくに離れておる」
 曲時は吐き捨てるように言う。そしてせいぜい重々しく宣言する。
「あいわかった。保護権の件、ドクタケへの売却を認める」

 

 

「…それでさ、最近パパがお仕事ばっかりでさ…」
 腰ほどの高さの石に寄り掛かってため息をつくしぶ鬼だった。
「ふーん」
 石の上に腰を下ろした庄左ヱ門が気の毒そうに眼をやる。休日の一日、二人は示し合わせてピクニックに来ていた。
「それに、さいきんじゃいつお仕事が入るかわからないからって、遊びに行く約束もしてくれなくなっちゃってさ…」
 まあお仕事だからしょうがないけどね、と肩をすくめるしぶ鬼だったが、急に気がついたように庄左ヱ門に向き直る。
「ごめん…そういえば庄左ヱ門は寮に入ってるからご家族に会えないんだったね」
「いいよ、別に」
 にっこりしながら庄左ヱ門は言う。「寮にいる間はは組のみんなといっしょにいられるし、それはそれでとっても楽しいよ」
「そっかぁ。忍術学園は生徒がたくさんいるからね…ドクタケ忍術教室はいまんとこ4人しかいないけど」
「でもさ、しぶ鬼のパパさんのキャプテン達魔鬼って、水軍の創設準備室長でしょ? なんでそんなにいそがしいの?」
 達魔鬼が忙しくなったということは、ドクタケの水軍創設に向けた動きがあったということなのかと思った庄左ヱ門が訊く。だが、しぶ鬼は首を横に振った。
「よくわからないけどさ…水軍のことじゃないことはたしかみたい。水軍のお仕事だったらパパもっと張り切ってるはずだし。オーマガトキに行ってるみたいってウワサだし」
「それじゃ、まだ水軍のトップにはなれなさそうだね」
 オーマガトキのくだりは気になったが、これ以上突っ込まないほうがいいと判断した庄左ヱ門が話の向きを変える。
「そうだね…どうせ水軍なんて作れっこないんだし、いい加減あきらめたらいいのにね」
 突き放したように言うしぶ鬼だった。

 

 

 -キャプテン達魔鬼がオーマガトキに? どういうことだろう。
 ピクニックを終えて学園に戻る道中で庄左ヱ門は考える。
 -いまさらドクタケが同盟をむすべるような相手でもなさそうだけど…。
 しぶ鬼と会うのは、純粋に友達として楽しかった。それでもドクタケ絡みのなにか怪しい動きを察知すると探らずにはいられなかった。そんな自分に軽く嫌悪感を抱いた。
 -ぼくはしぶ鬼といっしょに話をしたかっただけなのに…。
 それでも見過ごせない情報を聞いてしまったような気がして、その意味を考えずにはいられなかった。 

 

 

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