秋の線香花火

ヒガンバナが咲くと、ようやく秋が訪れたなあと感じます。

高い空と、虫の声と、涼しい風に揺れるヒガンバナという景色の中に兵助と伊助を置いてみました。

 

 

 

「多田堂禅先生、おいそがしそうでしたね」

「ああ、そうだな」

 学園長の使いで多田堂禅を訪れた兵助と伊助が、返事を携えて学園への道を歩いている。

「土井先生から教えていただいたんだけど、いま多田堂禅先生はチャミダレアミタケ城から新しい砲弾の開発を頼まれているらしい」

「だからあんなにおいそがしそうだたんですね」

「そうなんだろうな」

「でも、チャミダレアミタケ城のお殿様って、武術はお好きだけど、砲弾にそんなにキョーミをおもちだったかなぁ」

 歩きながら伊助が首をかしげる。

「興味があろうがなかろうが、いまの戦で火器は不可欠だ。武術も大事だが、それだけでは戦は勝てない。チャミダレアミタケ城もそう判断したんだろう」

「なるほどお」

 納得したように大きく頷くと同時に、盛大に腹が鳴った。

「どうした、伊助。そんなに腹が減ったのか?」

 可笑しそうに兵助が眼を向ける。

「えへへ…じつは、出かける前に団蔵と虎若の部屋がきたなすぎたんで、おおそうじしちゃったんです。だからいつもよりおなかすいちゃって…」

 照れくさそうに頭を掻く伊助だった。

「そうか。だったら、このあたりでちょっと休憩していくか。山左衛門さんにいただいた饅頭を食べよう」

 

 

 

 道沿いの畑の畔に並んで腰を下ろす。

「そういえば、もうすぐお彼岸ですね」

 饅頭をぱくつきながら伊助が言う。

「せんぱいは、秋休みはどうされるんですか?」

「ああ。残って自主トレしたいとこだけど、それじゃ家も困るだろうから帰るよ」

「せんぱいのおうちも農家でしたっけ」

「ああ、そうだ」

 言いながら兵助は眼の前に広がる畑をぼんやりと眺めわたす。一陣の風が吹き抜けて、くせのある長い髷を揺らす。

「ヒガンバナがさいてますね」

 その横顔に眼を向けていた伊助が、視線の先を追うように畑に眼をやる。兵助の空白の表情の奥底には到底考えが及ばなかったが、畔のそこここに揺れる赤い花を見ているのではと思った。

「そうだな。曼殊沙華ともいう」

「まんじゅしゃげって、なんですか?」

 ふたたび兵助の横顔に視線を向ける。

「仏教の伝説の花だ。天上に咲く花といわれている」

 視線を前にさまよわせたまま、平板な声で兵助は応える。

「ふ~ん、そうなんですか…なんか、ヒガンバナって、いきなり咲きますよね」

「いきなり?」

 虚をつかれたように兵助が伊助に眼を向ける。

「はい。ふつう、花って芽がでて、葉がしげって、それから花が咲くじゃないですか。だけどヒガンバナってそーゆーのがなくて、ある日いきなりパァって咲いてるみたいで」

「そうか」

 街育ちの伊助らしい、と兵助は考える。あまり間近でヒガンバナを観察したことがないのだろう。

「だけど、ヒガンバナにも葉があるんだぞ」

「えっ、ホントですか?」

 いかにも驚いたように伊助が声を上げる。「でも、とても葉っぱがあるようには見えませんけど」

「そうだな。今はない」

 傍らに咲いたヒガンバナに眼をやりながら兵助は説明する。「見ての通り、茎だけ伸びて花が咲くが、花が終わった後にノビルみたいな葉が生える。生える順番が独特だから、珍しく見えるかもな」

「そうなんですか…さすがせんぱい、なんでも知ってるんですね」

 感心したように見上げる後輩に苦笑する。

「そんなことないさ。俺は田舎の育ちでヒガンバナなんかも見慣れてるからな。伊助のクラスにも農家の出の忍たまはいるだろ?」

「乱太郎のおうちは農家ですけど…じゃ、乱太郎も知ってるんですかね」

「聞いてみればいい。きっと知ってると思うよ」

「そうします…そういえば、庄左ヱ門がいってたんですけど、ヒガンバナって墓花とか地獄花とか、こわい名前がいっぱいついているそうですね」

 ふと思い出したように伊助が続ける。

「そういえば、ほかにも火事花とか死人花とか、不吉な名前が多いよな」

 軽く応じながら、きっと伊助は『どうしてそんな名前がついてるんですか』と訊くだろうなと考える。

「なんか、ヒガンバナってかわいそうですね」

 伊助のセリフは予想外のものだった。

「かわいそう?」

「はい…ぼく、ヒガンバナって線香花火みたいできれいだなっておもうのに、なんかコワイ名前ばっかりいっぱいつけられちゃってかわいそうだなって」

「…そうか」

 その発想はなかった、と思いながら兵助は頷く。「色や形から不吉なものを感じる人もいるのだろうが、伊助はそう感じるんだな」

「はい」

 

 

 

 吹き抜ける風が冷たさを帯びる。いつの間にか陽が傾きかけていた。

「少し休みすぎたな。そろそろ行くか」

 立ち上がった兵助が、袴についた草をはたく。

「はい」

 伊助も立ち上がる。

「おなかすいたなあ…今日の夕飯はなんだろうな」

「おいおい、いま饅頭食べたばっかだろ」

「でも、やっぱりおなかすいちゃって…」

 照れくさそうに頭を掻きながら伊助が見上げる。

「実は、食堂のおばちゃんに頼まれて、今日の夕食用に豆腐をたくさん作ったんだ」

 朗らかな声で兵助が宣言する。「だから、今日の夕食は俺の豆腐を使った豆腐料理だ。ぜったいうまいぞ!」

「やったあ!」

 伊助が声を弾ませる。「せんぱい! はやくかえりましょう!」

 言いながら兵助の手を引く。

「おっと…よし! 学園まで競争するか!」

 急に手を引かれて一瞬よろめいた兵助だったが、すぐに体勢をなおすと走り始める。

「あ! せんぱい、まってくださいよ!」

 慌てて伊助が追いかける。

 二人の影が長く伸びる。

 

 

<FIN>

 

 

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