巻き込まれ厳禁


やってしまいました、厳禁シリーズ。

いえもちろん、公式の向こうを張ろうなんて大それたことを考えているわけではありません。むしろ公式のオマージュとして…ちょっとやってみようかとw

なお、厳禁トリオに巻き込まれてしまうのは、最近とみに不運力上昇中のあの先輩です。



1 ≫ 



 -なぜだ! なぜあの2人がここに…!
 仙蔵の眉間に線が深く刻まれる。きゃははと遊び戯れる声は、紛れもなく天敵、しんべヱと喜三太の声である。 
 -何をやっているのだ、あの2人は…!
 いま、自分が歩いている廊下の先で、出し抜けに襖が押し開かれたと思うと錦の着物を着た少年が駆け出してきた。そしてその後から歓声をあげながら追いかけるしんべヱと喜三太。



 仙蔵はテングタケ城に女中として潜り込んでいた。塩の価格が上がって人々が困っているという情報を得た学園長から調査を命じられ、塩産地のテングタケ領を調査したところ、城が領外への塩の搬出を制限していることを突き止めたのだ。いま仙蔵は、塩の搬出を制限した人物とその目的を探ろうとしていたところだった。そして本格的に調査を開始しようとした矢先、出会ってしまったのだ。領主の息子と遊び戯れる天敵2人と。
 -これはまずい。
 これまでに任務であの2人と関わってしまったゆえに巻き込まれた災厄やトラブルの数々が脳裏を過ぎった。そこからなにか教訓を引き出すとすれば、それはあの2人には絶対に気づかれないように身を処すこと、そして余計なリスクを減らすためにもあの2人を早急にこの城から退出させること。
 -作戦変更だ。調査は後回しにして、まずはあの2人をこの城から出そう。それも私以外の人物に手引きさせて…。
 その適任者についてはすぐに思い当った。だから仙蔵は素早く身を隠すと、そそくさと変装を解いてひとまず城から脱出したのだった。



「おい、しんべヱと喜三太はどうした」
 放課後、少し遅れて用具倉庫の前にやってきた留三郎が訊く。
「食満先輩」
 すでに広げた筵の上で用具の修補を始めていた作兵衛が振り返る。「2人はしんべヱの実家に行っているそうです」
「そうか」
「しんべヱの実家って、どこなんですか?」
 縄梯子の点検をしていた守一郎が顔を上げる。
「堺の大貿易商の福富屋さんだ。学園でもいろいろお世話になっている」
 よっと腰を下ろして鉤縄の点検を始めた留三郎が応える。
「へええ、大商人かあ…どんなお家なんでしょうね」
「なかなかすごいお邸だ。いずれお前も行くことがあるだろうさ」
「そうですか。楽しみだな」
 まだ初めて眼にするものばかりの守一郎に、南蛮の物産があふれる福富屋の屋敷はどのように映るだろうか。弾んだ声で傍らの作兵衛たちと話をしながら点検を続ける守一郎に眼をやる留三郎だったが、ふと考える。
 -乱太郎やきり丸とではなく喜三太と一緒とは、珍しいことだな。
 だがそこで思考は終わり、すぐに結び目の擦り切れた鉤縄に小さく舌打ちすると、顔を上げる。
「おーい、縄を持ってきてくれ」
「は~い」
 暗い声で返事をしながら平太が縄束を運んでくる。と、その足が止まった。口を小さく開けて現れた人影を見上げる。つられて留三郎たちも顔を向けた。
「よお、仙蔵」
 そこに立っていたのは仙蔵だった。
「あとでいいか」
「お、おう」
 いぶかしげに頷くのを確かめると、仙蔵はついと背を向けて立ち去った。



「どうした。なんか任務で出かけるとか言ってなかったか?」
 委員会の後、校庭の片隅で木陰に座って草紙を読んでいた仙蔵を見つけた留三郎は、声をかけながら歩み寄った。
「ああ、済まないな」
 草紙を懐にしまいながら仙蔵が見上げる。
「で、任務はどうした? 終わったのか?」
 訊きながら留三郎もどっかと胡坐をかく。
「いや。まだだ。実は留三郎の手を借りようと思ってな。それで戻ってきたのだ」
「俺の?」
「そうだ。実はいまテングタケ城の調査を行っているのだが、留三郎の手を借りなければならない事情が生じた。すぐに私と来てくれないか」
 仙蔵の説明を聞きながら、不審そうに留三郎が眉を上げる。
「俺の手を借りるとはどういうことだ? 文次郎や長次ではだめなのか?」
 まずは同じクラスの文次郎や、沈黙の生き字引にしてパワーファイタ―の長次の力を借りるならともかく、なぜ自分を名指ししてくるのかが分からなかった。
「事情は後で説明する。とにかく留三郎でなければできないことなのだ。ぜひとも頼みたいのだが」
 常のクールな仙蔵に似ず、身を乗り出して熱っぽく語る勢いに呑まれたように留三郎が頷く。
「お、おう」



「で! 『俺にしかできないこと』がなぜ女装なんだ!」
 腰に手を当て、足を開いて立った留三郎が怒鳴る。だが、その姿は城の女中のものである。
「留三郎には女中として潜ってもらわなければならないのだ」
 女装の出来栄えを確認するように一歩離れて眼を細めて留三郎の全身をチェックしながら仙蔵は応える。「実は城主の息子のところにしんべヱと喜三太がいる。どういう事情でそうなったのかは分からんが」
「なに? しんべヱと喜三太が?」
 後輩の名前に留三郎の顔色が変わる。
「そうだ。だから、留三郎にはあの2人をうまくこの城から退出させてほしいのだ。私がこの城で調査を進めるなかで万一騒ぎになったとき、あの2人に累が及ばないためにもな」
 淡々とした口調の中にも確信をもって仙蔵は語る。こう言われれば留三郎に断る余地はないと確信してのことである。もっともそのためにはもう少しステップを踏む必要があることも分かっていたが。
「ちょっとまて、つまり…」
 案の定、留三郎の表情が険しくなる。「俺の手を借りたいとは、調査ではなくしんべヱと喜三太を手引きしろってことか?」
「ああ、その通りだ」
 しれっと答える仙蔵に、一瞬気勢をそがれた留三郎だったが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「ざけんなっ! わざわざこんなところまで来て女装までさせられた上に、やることがしんべヱと喜三太の脱出の手伝いだ!? そんなに俺はヒマじゃねえ! そんぐらいてめえ一人でやりやがれ! 俺は帰るからな!」
「チームワークの要諦は役割分担だ。忘れたのか?」
 留三郎の反応は想定内である。腕を組んだ仙蔵は涼しい声で言う。
「んだと?」
 まだ興奮冷めやらぬ態の留三郎がぎろりと睨み上げる。
「だから、私は調査を継続し、お前は後輩たちを城から脱出させる。これこそ役割分担の最適化だと思わないか?」
「思わねえよ!」
「そもそも」
 留三郎の突っ込みを無視して仙蔵は続ける。「あの2人はお前と同じ用具委員会で、気心の知れた後輩ではないか。私と比べても、接している時間が格段に長いだけ、あの2人をどう動かせば安全に城から脱出させられるか、お前の方がよく理解しているはずだしそれが当然だ。違うか」
「う…そうだけどよ」
 果たして留三郎は不承不承に頷く。
「分かってくれたか…留三郎なら分かってくれると信じていた」
 満面の偽善的な笑顔で大きく頷いた仙蔵だったが、ふと留三郎の足元に気づいたように眼を向ける。つられて留三郎も足元を見やる。
「だが、これではせっかくの変装がだいなしだな」
 さりげない口調で言いながら、がに股に足を開いた足元におもむろにしゃがみこむ。「もう少し女性らしい振舞をしてもらわないとな」
 言い終わらぬうちに小袖の裾を一気にひざ上までまくり上げる。
「な!」
 思わぬ行動に、真っ赤になった留三郎が思わず膝を寄せてかがみ込む。
「ふむ、それでいい」
 いつの間にか懐から取り出していた紐で素早く膝を縛りつけると、再びすらりと立ち上がる。
「仙蔵、てめえ、なにしやが…!」
 歯ぎしりしながら前へ足を踏み出そうとした留三郎の身体が大きく前にのめる。膝を縛られたのでほんの少ししか足を踏み出せなかった。
「そら、丁度いい」
 満足そうに頷く。「せっかく私が腕によりをかけて女中に変装させたというに、がに股で肩を怒らせて歩かれたのでは一目で女装だとばれるからな。少しは女らしい歩きかたを体得するとよい」
「バカ野郎! こんなくくり猿みたいな歩きかたしかできなかったら、いざという時どうするんだよ!」
 完全にヒートアップした留三郎だったが、内股を強制された姿勢に気勢も下がりがちのようである。
「少しは落ち着け、留三郎」
 妖艶に微笑みながら仙蔵がいなす。「あんな紐くらい、苦無で簡単に切れるだろう。それとも」
 言葉を切って首をかしげる。「苦無は忘れてきたのか?」
「忍器くらい持ってる!」
「それならいい」
 おもむろに伸ばした指先でついと留三郎の顎を持ち上げる。「では、あの2人を頼むぞ」



 -ちっくしょ! 歩きにくくて仕方ねえ…!
 内心ぶつくさ言いながら、しんべヱと喜三太がいるという座敷に向かう留三郎だった。
 -で、座敷はどっちだ?
 薄暗い廊下に立ち止まって辺りを見廻したとき、
「ちょっとそこのあなた! 何してるの!」
 尖った声に留三郎は思わず背が震えた。数人の女中が眼を吊り上げて睨んでいた。
「え、えっと…まだ見習いに入ったものでして、迷ってしまいまして…」
 裏声で用意していた言い訳を口にする。
「そう。ちょうどよかったわ」
 先頭にいた女中頭が少し声を和らげて言う。「若様のお部屋をお掃除しなければならないの。あなたもいらっしゃい」
「は、はい」
 足早に廊下を進む女中たちの背を、大慌てで留三郎が追う。



 -なんだこれは…!
 たどりついた「若様のお部屋」を眼にした留三郎は唖然とする。そこは嵐が通りすぎた後のような散らかりようだった。
 -どうやればここまで汚くできる!
 玩具や食べこぼしが散らばり、引っくり返された硯からこぼれた墨汁が床に染みを作っている。
「まったく、あの『ご学友』が見えてからというもの、ますますひどくなったものだわね」
「それも2人そろって…」
 文句を言いながら部屋を片付け始めた女中たちが留三郎を振り返って指示する。「あなたは床の雑巾がけ。いいわね」
「は、はい」
 慌てて雑巾を絞りながら留三郎は考える。
 -2人ってことは…しんべヱと喜三太ということか…?
 だが、どうやって2人を接触したものかと考えたとき、
「あっ、若様!」
「まいりませぬ!」
 動転した声に顔を上げる。そこには、「わ~い」と歓声をあげながら唐突に部屋に飛び込んできた子ども。
「まってまって~!」
「おなかすいた~」
 続いて部屋に現れた2人の姿に留三郎の動きが止まる。
 -やはり…!
「あれ?」
 先頭の子どもを追っていた喜三太の足が止まる。その背にしんべヱがぶつかる。
「喜三太どうしたの? 子どもは急にとまれな…」
「みて、しんべヱ」
「え?」
 雑巾で床を拭きかけたまま動きが停まっている留三郎と2人の視線がぶつかる。
「あ…!」
 思わず声を上げかけたしんべヱの口を喜三太が慌ててふさぐ。
「ダメだよしんべヱ! せんぱいは任務できてるんだ。だからわざわざ女装してるのにぼくたちがこえをかけたりしたら…」
 言いかけた喜三太が声を詰まらせる。喜三太の手を振りほどいたしんべヱがスキップしながら留三郎の方に駆け寄ったから。
「わ~い! きれいなおねえさんだ!」
「な…!」
 身体を起こしかけた留三郎にしんべヱが抱きつく。
「けませんぱい、ですよね」
 顔を寄せたしんべヱが耳元でささやく。
「お、おう…よくわかったな」
「そりゃもちろん、野鳥の術ですから!」
「それを言うなら雨烏の術だ! ついでに言えばこれは雨烏の術じゃねえ! 変姿の術だっ!」
 ささやき声のしんべヱに声をひそめて突っ込む。「それよりどうしてこんなところに…」
 潜り込んだ、と訊こうとして声を呑み込む。しんべヱの鼻から鼻水がたらりと垂れてきたから。
「ったく、いつも鼻をちゃんとかめと言ってるだろう。待ってろ…」
 懐紙を探ろうとしたとき、しんべヱが懐から紙束を取り出した。
「だいじょーぶです! ぼく、鼻紙もってますから」
 ちーんと鼻をかんで、鼻を念入りに拭ったしんべヱの顔に、思わず留三郎は「ぷ…」と声を漏らす。
「しんべヱ、なにやってんの…あははは! どうしたのその顔…!」
 やってきた喜三太がこらえきれずに腹を抱えて笑う。
「え? どうしたの? なんで笑ってるの?」
 きょとんとしたしんべヱが2人に眼をやる。そこへ「なにやってんだよ、喜三太、しんべヱ! かくれんぼはどうしたんだよ!」
 尖った声を上げながら先ほどの少年が現れた。
「あははは…若様、みてみて! しんベエのかお!」
 笑い転げながら喜三太の指差す方に眼を向けた少年も、次の瞬間笑い出す。
「あっははは! へんなかお!」
「ねえ、ぼくのかおがどうしたの? せんぱい~」
 おろおろしていたしんべヱが留三郎の腕をつかむ。
「悪い悪い。しんべヱ、お前その鼻紙どこから持って来たんだ? 何の文書か知らねえが、お前の鼻に墨がついてるぞ」
 言いながら懐紙で鼻先を拭ってやる。「ほらよ」
 懐紙についた黒ずみを見せる。「ホントだ…ありがとうございましたあ」
「この懐紙を持ってろ」
 自分の懐紙をしんベエの手に握らせたとき、「何をやってるのですか!」
 鋭い声に全員がびくりとする。背後に女中頭がいた。
「あなた、見習いの癖になに手を休めているの! 早く雑巾がけを済ませなさい! 若様もしんべヱ様も喜三太様も、ここはこれからお掃除するのですから、別のお部屋で遊んでいてくださいまし」
「やだ!」
 少年が留三郎の腕をつかんで叫ぶ。「ぼく、このおねえさんとあそびたい!」
 -え…!?
 ぎょっと眼をむく留三郎をよそに、女中頭が声を上げる。
「なりません! お遊びなら奥付きの女中たちがおりますでしょうに」
「やだ! このおねえさんじゃなきゃやだ!」
 留三郎の腕を捉えたまま地団太を踏む少年に、女中頭も根負けしたようにため息をつく。
「かしこまりました。ではそのようになさいませ…あなた、若様のお相手が終わったら、すぐに女中部屋に戻るのですよ!」
「は、はい」
 やれやれ、と大仰に肩を落としながら、他の者に雑巾がけを指示しつつ立ち去る女中頭の背に眼を向けていた留三郎だったが、「ねえ、あそぼうよ」と袖を引っ張られて慌てて振り返る。「ああ…じゃなかった、ええ、そうね」
「じゃ、かくれんぼのつづきやる?」
 喜三太が訊くが、すでに関心を失くしたらしく少年はあっさりと首を横に振る。
「いや。それより、おねえさんに草紙よんでもらおうぜ!」
 -い…草紙かよ…。
 これ以上裏声を出すのはつらいな、と思いながら留三郎は曖昧に微笑む。



「昔、丹後国に、浦島といふもの侍りしに、その子に浦島太郎ともうして、年のよわひ二十四五の男ありけり…」
 草紙を読み始めてすぐ、遊び疲れていたらしい少年は寝入ってしまった。 
 -寝たか…?
 自分の身体にもたれかかって眠る少年に眼を落とした留三郎は、小さく身体を揺すってみる。だが目覚める気配はない。
「で、何をどうやってお前たちはこの若殿様と関わったんだ?」
 てんでに寝そべっているしんベエと喜三太に声をひそめて訊く。
「たまたまっていうか」
 眼を逸らしながらしんべヱが応えるが、すかさず喜三太が突っ込む。
「ウソ言っちゃだめだよしんべヱ…福富屋さんから帰るとちゅうでしんべヱがお団子屋さんでばくばく食べてるのをみた若様がどーしてもいっしょにきてっていうから…ね!」
「てへへ、バレちゃった…ね!」
 頷き交わす2人に脱力感を覚える留三郎だった。
「まあそんなことだろうと思ったけどよ…ところでしんべヱ、この鼻紙、どこで手に入れた?」
 その手には先ほどしんべヱが鼻をかんだ残りの紙束があった。
「それは…さっき若様とかくれんぼしたときに…」
「しんべヱったら、えらい人のお座敷にかくれようとするから…」
「だって、若様にみつかりそうだったんだもん…」
「そうか…」
 難しい顔で留三郎は呟く。ざっと眼を通したところ、紙片は塩の価格高騰を狙った家臣が塩を扱う問屋に向けた指示書のようだったから。
 -これをどうやって仙蔵に渡すかだが…。



 -な…!
 家老の元から自室に戻った奉行は眼を疑った。文机のうえにあったはずの書類が消えていた。
 -そんなはずは…!
 慌てて文箱や戸棚を探す。あるいは誰かが片づけたのかも知れないと思った。だが見つからない。
 -どういうことだ! 誰かが持ち去ったというのか!?
「誰かあれ!」
 声を上げると、「は」と奉行付の侍の一人が続きの間から現れた。
「文机の書類はどうした」
「いえ…私は存じませぬ」
「存じぬと?」
「は」
 奉行付の者たちが詰める執務室はすぐ隣にあったが、かくれんぼのため気配を消して忍び込んだしんべヱに気づいた者はいなかった。隠れられそうな物陰がないと思ったしんべヱが、たまたま鼻水が垂れそうになったので文机にあった紙束を懐に押し込んで立ち去ったというのが真相だった。
「書類がどうかされましたか」
 奉行が不在の際に、自分たちが作成に関わった重要な書類を文机に放置するなど、奉行付の者としてはありえないことである。不審そうに見上げる侍に、奉行の口調も鈍る。
「いや、それならよい…下がれ」
「は」
 ふたたび一人になった奉行が、もう一度落ち着いて考えようと文机の前に座り込む。塩の相場の操作は、テングタケ領の後背地にあるいくつかの属領の不穏な動きを掣肘するために手掛けたものだった。いずれもテングタケ産の塩に依存している地域だったが、最近他の城との内通の動きがあった。彼らをけん制するための価格操作だったが、その目的は表に出てはならない種類のものだった。だからこそ家老が黙認し、奉行があえて部下を使わずに自ら手掛けたのだ。そこには、思いがけず多額の利益を得る塩問屋からの多額の賂という役得も伴うものではあったが。
 いずれにしろ、このところの塩の高騰に音を上げた彼らがようやく再度忠誠を誓ってきたと家老から聞かされたのが先ほどの面会だった。このまま静かに手じまいすれば、誰も何も気づかぬうちにことが終わるはずだった。それなのに、最後の最後になって最重要な証拠書類が消えたのだ。
 -属領の連中がこの動きを察したということか…?
 目下、もっとも考えられそうなことだった。そうであればもっとも厄介な動きと言えた。消えた書類は、価格操作の決定的な証拠となるものだったから。
 -だが、そのようなことがありえるのか…。
 この城の警備は万端であり、属領の城の動きも逐一把握していたはずである。このテングタケ城に間者を放つような大それた動きはなかったはずだった。
 -どういうことだ…。
 思考は元の場所へと還り、奉行の背に冷たい汗が伝う。



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