Management

「もしドラ」アニメ化記念! ということで、私も家にあった「マネジメント」を読み返してみました。私が読み返したのは4分冊あるほうなのでえらい時間がかかりましたが、簡潔にマネジメントの要諦を知りたい向きにはエッセンシャル版があるのでご参照を。私は雑渡立ち読みしただけですが、わかりやすい内容だと思いました。

忍術学園における最小の事業ユニットといえば委員会、ということで、委員会におけるマネジメントを考えてみました。用具委員会ならびに用具委員長をサンプルにした理由は、茶屋の単なる好みですwww

 

 

 日が暮れてきた。山道とあってはなお、日が山陰に隠れ、暗くなるのが早い。
「どうしよう。もう真っ暗になっちゃうよ…」
 しんべヱが心細そうに言う。
「ごめん…ぼくたちのせいで…」
 団蔵がしょげた様子で言う。
「まあ、仕方のないことだ…それより、暗くなってしまう前に、どこか休む場所を見つけましょう」
「ここで待っていてください…私が探してきます」
 福冨屋の言葉に、留三郎が動く。

 


 しんべヱと団蔵は、学園が福冨屋に発注した荷物を運ぶところだった。高価な薬が含まれているので、学園長の指示で六年生の留三郎が護衛についていた。福冨屋自身も、次の商談のため、学園に同行していた。
 しかし、途中で合流するはずだった団蔵の父たち馬借組の出発が遅れ、合流地点での連絡にも手間取り、結果としてしんべヱたち4人だけで大幅に遅れて学園に向かうことにしたのである。

 


 留三郎が戻ってきた。
「この先に、少し開けた場所があります。そこに野営しましょう」
「パパ…もう、ぼくおなかぺこぺこ」
「しんべヱ、あと少しだから、しっかりしなさい」

 留三郎が案内したのは、森が少し開けた場所だった。
「さあ、しんべヱ、用具委員ならこのあとどうするんだ?」
「え…ごはん?」
 用具委員長の顔に戻った留三郎の問いに、しんべヱが絶句する。
「飯よりなにより、先にするべきことがあるだろう…火だ」
 こめかみを押さえながら、留三郎が言う。これでは、担任の山田や土井はさぞ苦労していることだろう。
「ぼくも、薪を拾ってきます! …しんべヱ、薪がたくさん必要なんだ。すぐ行かなきゃ」
 団蔵がやや焦りをにじませて言う。暗くなる前に十分な量の薪を確保しておかなければならない。
「なんで?」
「一晩中、火を絶やしてはいけないんだ。火がないと、オオカミが馬を襲いに来るんだよ」
「ええっ! ホント?」
「本当だ、しんべヱ…さすがに馬借の子だな、団蔵」
 留三郎が腕組みをして頷く。
「福冨屋さんは、ここで馬と荷物の番をお願いします。我々で薪と水を探しますから」
「わかりました」
「では行くぞ、団蔵、しんべヱ」
「はーい」

 


 出発が遅れた時点でこうなることを見越していた福冨屋は、茶店であるだけの団子を調達していた。団子を火であぶって食べ終わると、しんべヱは大あくびをしてうつらうつらし始めた。団蔵は馬の世話をしている。
「食満君は、普段、学園でしんべヱと話をすることはあるのですか」
 忍器の手入れをしている留三郎に、福冨屋は声をかけた。
「はい。しんべヱ君は、私と同じ用具委員ですから」
「そうですか。いろいろご迷惑をかけていることでしょうな」
「いえ。私自身も、まだ委員長として未熟です」
「委員長なのですか。用具委員会の」
「はい。私たち六年生は、全員何かしらの委員会の長をやることになっています」
「そうですか。では、なにかにつけて指導力が求められますな」
「はい。ですから、私たちもしっかりしなければならないのですが」
 -なかなか、うまくはいっていないな。
 後輩に指導力を発揮し、先輩らしいところを見せたいところだったが、実際には失敗も多いし、文次郎とケンカが絶えなかったりで、成功しているとは自分でも思えなかった。
「どうしましたかな」
「いえ…あ」
 留三郎が目を上げた先には、馬に寄りかかって眠りこけている団蔵の姿があった。
「風邪をひくぞ…仕方がないな」
 つぶやきながら、風呂敷を広げて団蔵の体にかけてやる。
「小さい子たちに、優しいんですな」
 食満留三郎という青年が学園でも武闘派として鳴らしていることは、道々しんべヱたちから聞いていたし、スキのない身のこなしやよく手入れされた忍器を見ても、かなりの実力を持っていることは知れただけに、団蔵を気遣う仕草は、福冨屋の目にははなはだ意外に映った。
「そうでしょうか」
 ふたたび棒手裏剣を磨きはじめながら、短い言葉で答える留三郎を、折り目正しい青年だ、と福冨屋は思った。
「後輩たちに、慕われているのでしょうな」
「どうでしょうか」

 


 後輩たちを可愛く思っていることは事実だった。だから、つい何かと手助けしてしまうのだが、後輩たちの自立を促し、成長させるためにはいいことではないことも分かっていた。また、何かにつけ熱くなりがちな自分を、後輩たちがいくぶんか醒めた目で見ていることにも気づいていた。
「…私はまだ、自分のことだけで手一杯です。先輩らしいことができているとは思えません」
 自分の口から出た言葉に、自分で留三郎は驚いていた。今回の任務で初めて会った福冨屋に、なぜここまで踏み込んだことを言っているのか。学園では、特に文次郎の前では間違っても口にしないようなことを。
 しかし、それがいちばん率直な気持ちだった。六年間、学園で学んできて、敵に斬り込む度胸と、戦っていく技量には誰にも負けない自負があった。
 戦いにせよ作業にせよ、自分だけで完結することならばやり遂げる自信はあった。だが、全体の作業の中から下級生に割り当てる仕事を切り出して必要な指示を出して担当させるとか、作業を通じて下級生たちが自主的に取り組み方法を見つけ出していくよう仕向ける、というようなことは、必要なこととは感じていたが実践できているとはいえなかった。それよりも、自分がやってしまった方がはるかに手間もかからず早く済むし、いろいろなことを考えずに済んだから。
 だから、委員会に限らず、演習などで下級生とチームを組むときも、どちらかというと下級生に考えさせるよりも、この通りやれ! と指示してしまうことが多かったし、お前たちは見ていろ、と言って自分だけでことを済ませてしまうこともあった。
 どうしても、目先の任務をこなすために、せっかちになってしまうのだ。いずれ卒業する自分に代わって委員会を、学園を引っ張る下級生には、育成という視点で接していかなければ、無責任のそしりを免れないのだが。

 


「そうですかな」
 泰然として福冨屋は言う。
「どういう…ことですか」
「食満君は、六年生として何をすべきかに気付いている。そして、下級生たちに必要な指示も手助けをすることもできる。違いますか」
 -分かってはいる。だが、できないのだ。
 その言葉を呑み込んで、留三郎は当惑顔を福冨屋に向けた。
「どうして、そう思われたのですか」
「この場所に来たとき、君はしんべヱに、まず何をすべきかを聞きました。それから、必要な役割分担をすぐに指示しました。団蔵君の言葉にもきちんと評価をしていました。それだけ見れば、じゅうぶん分かることです」
 留三郎は舌を巻いた。あれだけの短いやり取りから、評価すべきポイントをこれだけ抽出していたとは。
「そう仰っていただけるのは、とても有難いです。しかし、私は、下級生たちをまとめたりするよりも、自分でやってしまうことがまだ多くあります。それがよくないこととは分かっているのですが」 
 気がつくと口にしていた言葉だった。

 -俺は、この人に何を相談しようとしているんだ…。

 気がつくと、いつも気にかけていることを洗いざらい打ち明けてしまいそうで、留三郎は慄然とする。たしかに目の前の人物は、学園と少なからず関係のある立場である。だからといって、自分の心をさらけ出していい相手であるはずがなかった。そんな根拠のない信頼感を持つべきでないことくらい、当然のことだった。

「そのときが来れば、できます」

 だが、福冨屋はぽっちゃりとした頬に埋もれそうな小さな眼で鋭く留三郎を見据えながら、柔らかい声で言い切った。
「そのときが?」
「自分だけでやってしまう、ということは、まだ自分だけでやれてしまう程度の仕事だということです。自分ひとりではとてもこなせないような仕事となれば、皆で協力してやらざるを得ない。そうでしょう?」
「はい…そうかも知れません」
「協力してやらなければならないとき、君がそれを導かなければならない立場になったとき、君ならできると、私は思いますよ」
 言ってしまってから、つい自分が手代たちの人事評価と同じように留三郎に語りかけてしまったことに気付いて、福冨屋ははっとする。
 -いくらしっかりしている青年とはいえ、少し過ぎたかもしれませんな。
 だが、留三郎は、違うことを感じていた。
 -この人は、自分とも対等に接してくれている。
 堺の大貿易商である福冨屋が、しんべヱの先輩とはいえ一介の忍たまに過ぎない自分と対等に話をしているのが、留三郎には意外だった。大店の主人から見れば、自分など物の数にも入らない子どもに見られても仕方がないところなのに、である。

 


「ひとつうかがってもいいですか」
 留三郎は膝をそろえて座りなおすと、口を開いた。
「なんですか」
「今回は、どのようなご用向きで、学園に行かれるのですか」
 福冨屋が学園に同行することを知ったしんべヱの意外そうな顔を、留三郎は思い出していた。持ち船が入っている最中に福冨屋が店を離れることは少なかったし、堺を出るようなことは更に珍しかった。
「しんべヱの生活指導のため…といっても、お信じにならないでしょうな」
 含み笑いを浮かべながら、福冨屋は言った。
「船が入っている間に、堺を離れるのは珍しいと、しんべヱが言っていました」
「ほう…しんべヱが、そのようなことを」
 ぼうっとして、いつも食べ物のことばかり考えているように見受けられるしんべヱだが、見るべきところは見ているようである。これも、学園に入れた効果だろうか。
「なにかあったのではないかと、心配しているようです」
「そうですか」
 大いびきをかいて眠っている息子に、福冨屋はしばし目をとめていた。だが、その目はしんべヱを見ていない、と留三郎には感じられた。あの目は、なにか別のことを思案している。表情はポーカーフェイスでまったく動かないが…。
 その横顔が、ふと動いた。ふっとため息をつくと、福冨屋は留三郎に顔を向けた。
「私どもが貿易商を営んでいるのは、拙宅に滞在されてよく分かったことと思います」
「はい」
「いまは戦の世です。私どもにとって戦というものは、ビジネスチャンスであると共に、リスクでもあります」
「リスク…ですか」
「私は明日、学園を訪ねた後、兵庫水軍の兵庫第三共栄丸さんに会う予定です」
「海路が危険になっているということですか」
「そういうことです」
 -なかなか、いい勘をしてますな。
 福冨屋は、切れ長の眼で自分をまっすぐ見つめている青年をしばし見やった。
「私には、忍の世界はよく分からない。しかし、忍にとって最も大事なものの、少なくとも一つは情報であると思っているのですが、いかがですかな」
「仰るとおりです」
「その価値がわかっている者ほど、情報を大切にします。そして、手に入れるためには手数を惜しまなくなるものです。また、得た情報からかすかな兆候を読み取り、次への行動に移していく判断力と決断力が必要になる」
「私たちは、それを、微兆の術、といいます」
「なるほど。微兆の術ですか。覚えておきます」
「その微兆を、感じ取られた、ということですか」
「そうです…ああいや、もう私には、それが大きなうねりになることが見えている。だからこそ、手を打たねばならないのです」
 それが具体的にどのような事態を指すのか、海上交通の実情に疎い留三郎には見当がつかなかった。福冨屋の口調から、あまり詳しく聞かれたくないということも察せられたので、留三郎は、それ以上この話題を続けるのをやめた。

 


「福冨屋さんは、大きな商売をされているのですね」
 焚火に薪をくべながら、留三郎は口を開いた。
「まあ、細々とやらせていただいてます」
「唐や南蛮にまで船を出して、大勢の人の上に立って、仕事をされているのですね」
 ほとんどの生徒たちと同じく、普段は学園やその周辺の演習場が主な生活圏である留三郎には、堺のような大都市に出る機会はあまりなかったし、その堺でも有力な大商人である福冨屋のような家で、貿易の仕事を目にするのは初めてだった。自分が商人になるということは考えられなかったが、多くの番頭や手代、奉公人たちの陣頭指揮を執っている福冨屋の姿は、軽い眩暈をおこさせるような輝きで留三郎の目に焼きついていた。
「食満君、君の言い方には、ひとつ間違いがあります」
 福冨屋のこれまでにない真剣な声に、留三郎は思わず居ずまいを正した。
「どういう…ことでしょうか」
「人の上に立つ、と、いま食満君は言ったが、その表現はしばしば誤解を招くので、私はあまり好きではありません。マネジメントと言いたい」
「マネジメント…ですか」
「そうです。食満君は、用具委員会の委員長だと言ってましたね」
「はい」
「それなら、分かりやすいかもしれません。用具委員会の目的は、なんですか」
「目的…ですか。それは、用具や用品がいつでも使えるように、数を確認したり、整理したり、必要があれば補修しておくことです」
「そのためには、何をしますか」
「何をといいますと…定期的に点検したり、補修したり、そのための必要な予算を確保したり、といったところでしょうか」
 予算会議のたびに(いや、予算会議以外でも)大喧嘩となる文次郎の顔が、ちらと脳裏をよぎった。
「一人でやるわけではないでしょうな」
「それはもちろん。下級生たちに、作業を割り当てたりして、協力してやっています」
「下級生たちは、君の指示に従い、協力して作業をしていく。そのためにはリーダーシップが必要です」
「…はい」
 -マネジメント…リーダーシップ? …どういう関係なんだ…。
 聞き慣れない単語が、どのように今の自分に関連しているのか、留三郎にはまだ分からないことばかりである。

 


「君はまず、用具委員会の組織目的を明確に示すことができた。そして、そのために何が必要かを教えてくれた。予算や必要な道具を調達し、下級生たちに必要な指示を与えることができる。下級生たちに作業を指示するとき、君は、できもしないことを指示したりはしないはずです。つまり、能力に応じた業務を割り当てていることになる。組織を円滑に運営し、そのために必要な人、モノ、カネ、情報を組み合わせて最適化を図ることがマネジメントです。君は意識はしていないかもしれないが、マネジメントを実践していたということです」
「…そうなんですか」
 まだ、留三郎には狐につままれたような感覚が残っていた。委員長として当然のこととしてをやっていたことを、難しい用語に定義されても、実感が伴わなかった。
「それにしても、なぜ、そのような話を私に?」
「わかりませんか?」
 問いを問いで返されて、留三郎は言葉に詰まった。
「…教えて、いただけませんか?」
 すっかり降参して、留三郎は率直に言う。
「私は、これでも多くの方と接することを生業としておりますので、人を見る眼はそれなりにあると自負しております」
 福冨屋は、淡々と語る。
「だから、相手にわかるレベルでの話をするようにも心がけています。逆に言えば、理解されると見込まれない人に、そのような話はしないということです」
「つまり私を…」
「そうです。見込んでいるから、お話しているのですよ」
 ごく当然のことのように、福富屋は言う。

 


「少し難しい話をしてしまったようですが、食満君は、これまでやってきたように委員会をまわしていけば、立派にマネジメントができているといえるでしょう。ただし、もうひとつやっておくべきことがある」
「なんでしょうか」
「食満君は六年生ということでしたね…ということは、卒業も近いということですな」
「はい」
 -卒業か…。
 改めて福冨屋に指摘されなくても、卒業が近い自分には、後輩たちに委員会を円滑に引き継いでいく責任があることはわかっていた。
「私は、マネジメントには、仕事のやり方を作っていくという面があるのではないかと思っているのですよ」
「…はい」
 また、話が難しくなってきた。
「どういうことでしょうか」
「君は、うまく委員会の仕事をまわしていくことができる。そのことは分かりました」
 福冨屋は言葉を切った。
「…君の最後の任務は、後輩が同じようにできるように、仕事を引き継いでいくこと、そして、君がいなくても仕事がまわっていくようなやり方を作っていくことではないかと、私は思うのですよ」
「…」
「さっき言い忘れましたが、マネジメントにとっては、人を動かすということがもっとも大事なポイントです。組織を構成する人間を協力させたり、能力を発揮させるようにするための流れを作っていくことこそ、マネジメントの肝というべきものです…ん?」
 ふと目を上げると、留三郎は立てた片膝に添えた忍刀にもたれて眠りこんでいた。
 -少し、難しい話をしすぎたかな。
 福冨屋は軽く苦笑を浮かべると、弱くなりかけていた火に薪を投げ入れた。
 -では、私が今夜の不寝番をつとめるとしよう。
 六年生というと、卒業を控えた学年である。精悍な顔立ちながら、寝顔に少年らしさを漂わせる留三郎に目をやりながら、福冨屋は、この青年には、どのような未来が待っているのだろうかとしばし考えをめぐらせた。
 もちろん、戦国の世であれば、戦で命を落としてしまう可能性も高い。しかし、それほど遠くないうちに世の中が落ち着けば、忍の存在意義はおおきく減じるだろう。忍としてのスキルが高い留三郎のような者ほど、生きにくい世の中になるかもしれない。そのときに、何が必要になるか。
 -マネジメント以外にあるまい。
 おおよそどのような組織であれ、運営のコアとしてのマネジメントは必ず求められる。ほんの少しの応用で、さまざまな分野での活躍を可能にするマネジメント能力こそが、これからを生きていく人間には必要なのだ。今日、自分が話したことは、まだ15歳の留三郎には難しすぎたかもしれない。だが、ほんの一部でも将来、思い出して、活用することができれば、それがこの青年に、社会での居場所を与える助けになるだろう。それは、しんべヱや団蔵も同じことである。

 


 遠くでオオカミの遠吠えが聞こえた気がした。眠っているはずの馬の耳がぴくりと反応する。福冨屋が火に薪を何本か投げ入れると、ぱちぱちとはぜる音がして顔を照らす火勢が強くなった。
 健やかな寝息をたてる3人に囲まれ、福冨屋は山中に野宿していることも、今まさに、海上交通の権益維持のための工作中であることも、堺に戻ればたくさんの仕事が待ち受けていることも忘れて、安らいだ気持ちになるのだった。

 

<FIN>