図書委員会のアルバイト

 

彩華さん、スネ子さんからリクエストをいただいていた委員会の日常ネタ図書委員会編です。たいへんお待たせしてしまい、申しわけありませんでした<(__)>

図書委員会のツートップは、それぞれ互いをフォローしあえるとてもいい関係があるなと書きながら考えていました。とりわけ雷蔵は、よき副官として長次を支えているんだろうな。

 

 

「ふぁ~あ」
「食後の昼寝はサイコーだね」
 校庭の木陰に寝そべるのは乱太郎、きり丸、しんべヱの3人である。
「あ、そういえばさぁ」
 寝そべって梢を見上げながら、乱太郎が思い出したように言う。
「どうかしたの?」
「うん。思い出したんだ」
「なにを?」
「図書委員会の不破雷蔵先輩のこと」
「雷蔵先輩がどうかしたのか」
 次のアルバイトのことをぼんやり考えていたきり丸も、図書委員会と聞いて口を開く。
「うん…このあいだ、図書室に行ったら、なんか、誰かと話してるみたいだったけど、でも相手の声は聞こえないんだ」
 仔細ありげに説明する乱太郎に、しんべヱがぼんやりと言う。
「へぇ。図書室って、ケータイ使っていいんだ」
「いいわけねぇだろ! ってか、いつの時代の話だよ!」
 きり丸が突っ込む。
「でも、雷蔵先輩がひとりごと言ってたのはたしかだし」
 なおも不審そうに乱太郎が言う。
「きっとそれ、中在家先輩と話してたんだよ」
「そうかなぁ」
 疑わしげな乱太郎に、きり丸が説明する。
「中在家先輩ってさ、低い声でぼそぼそ話すだろ。だから、ちょっとはなれるとなに言ってるかきこえなくなるんだ」
「そっか…」
 乱太郎が納得したともしないともつかない表情であいまいに頷く。
「でも、雷蔵先輩はなんともおもわないのかなぁ」
 しんべヱが首をかしげる。
「なんともって?」
「だって、中在家先輩って、なんかすごいブキミなオーラをだしてるし。見えなくてもそばに来るとわかるっていうか」
「ああ、それ私もおもってた」
 乱太郎も言う。
「ああ、あれな…じつは俺もちょっとニガテなんだよな。中在家先輩のあのオーラは」
「おなじ図書委員会で、なにかあるとすぐ中在家先輩をたよるきり丸も、そうおもうの?」
 意外そうにしんべヱが訊く。きり丸が頭を掻く。
「ああ…なんかあったときは、もうオーラどころじゃないから気にならないけど、そうじゃないときはやっぱブキミだよ」
「ふ~ん。そんなもんなんだ」
 乱太郎としんべヱがあいまいに頷く。

 


「そういえば、今度のお祭りのバイト、どうするの? 秋休みにかかっちゃうから私たち手伝えないけど」
 ふたたび梢を見上げながら、乱太郎が話題を変える。
「え!? ど、どーゆーことだよ!」
 きり丸ががばりと跳ね起きる。
「聞いてなかったの? さっき団蔵が教室でいってたよ」
 団蔵にしても、学園に荷物を届けにきた清八からの受け売りだったが、馬借たちの情報網の速さは決して侮れなかった。
「…ウスタケ城が大きい戦の演習をするから、街道筋が全部ふさがれちゃうし、村では人が人足にとられちゃうしでたいへんだから、演習が終わるまでお祭りが延期されちゃったんだって」
「げ! そんなの聞いてねーぞ」
 きり丸が頭をかかえる。
 -そうと分かってりゃ、演習場で弁当売りや具足の修理屋でもやってひと稼ぎできたのに…。 
「どうする? お祭りで売るものを作るくらいなら、私たちも手伝えるけど」
「あ、ああ…そうしてもらおうかな…って、しまった!」
 思考がパニックに陥ったまま半ば無意識に答えたきり丸が、ふたたび大声を上げた。
「こんどはどしたの、きり丸?」
「俺、今日の午後、図書委員会があったんだ! …やっべ、チコクだぜ!」
 慌てふためいて図書室へと走り去るきり丸の後姿を見送りながら、乱太郎としんべヱはふたたび寝そべる。
「そっか、委員会にチコクしたら、中在家先輩、また笑っておこるのかな」
 しんべヱがひとりごちる。
「それはないとおもうよ」
「どうして?」
「六年生はいま、演習でいないから。しんべヱ、食満先輩がいないのにきづかなかったの?」
「あ、そうだっけ」
 しんべヱが照れ笑いを浮かべる。
「…だから、富松先輩があんなにはりきってたんだ」
 見ていないようで、そういうところはしっかり観察しているしんべヱだった。

 


「おそくなりましたーっ!!」
 ばたばたと図書室に駆け込んだきり丸にじろりと眼をやった久作が声を上げる。
「きり丸、遅刻!」
「し、しつれーしました…」
「中在家先輩が戻ってこられる前に、図書カードを整備しておくことになっていただろ。手が足りないんだからチコクなんてするなよ」
「スイマセンでした」
「まあまあ、久作。きり丸だってそんなに大遅刻したわけじゃないんだから」

 奥の文机で筆を動かしていた雷蔵が笑いかける。
「ったく、先輩は一年ボーズにあまいんだから」
 ぶつくさ言いながら立ち上がった久作は、きり丸の座った文机の前に新着本をどさりと積み上げる。
「これ、きり丸のノルマだからな」
「はーい」
 慌てて墨をすり始めるきり丸の前を、怪士丸が通り過ぎる。きり丸が目を上げる。
「あの…先輩」
「なんだい?」
 自分の前に遠慮がちにたたずむ怪士丸に、雷蔵は朗らかに声をかける。
「あの…この本、分類番号はどうしましょうか」
「どれどれ…『イヤミを呪う本』か。これは難しいね」
 筆をおいた雷蔵は、腕を組んで考えこむ。
「…本のテーマとしては『呪い』なんだろうが、呪いといっても宗教又は神道に該当するかもしれないし、風俗習慣に分類されるかもしれない…それに、『イヤミ』に着目するなら言語のほうが適当かもしれない…う~~~む」
 唇をゆがめて考えこむ雷蔵に、後輩たちが当惑した視線を交錯させる。
 -まずいよ。また雷蔵先輩が固まっちゃった…。
 -怪士丸がへんなこときくからだぞ。
 -だって、分類番号が分からなかったんだもん…。
「う~~~む…」
 雷蔵はうなったままである。と、そのうなり声が途切れた。
「…先輩?」
 おずおずと怪士丸が声をかける。
「ぐ~」
 腕を組んだまま、雷蔵は眠りこけていた。
「せんぱいっ!」
 久作が大声を上げる。びくっとした雷蔵が慌ててあたりを見回す。
「ど、どうした…?」
「考えながら寝ないでくださいっ!」
 久作が拳を握りながら言う。
「あぁ、ごめんごめん…ついいつもの癖が出ちゃったね」
「で、この本の分類番号はどうするんすか」
 さめた声できり丸が訊く。
「ああ、そうだったね…う~む、こうやって考えていてもしかたがない。とりあえず『その他』の分類でも作って、その中に入れておこうか」
「あの…勝手に新しい分類番号なんか作ったら、中在家先輩おこりますよ」
 悩みぬいた末の大雑把な結論には慣れているとはいえ、その結果を考えると、久作は言っておかずにはいられない。
「そうかぁ。じゃ、とりあえず総記にでもしておいて、あとで中在家先輩に相談しよう」
 あっさりと結論をだす雷蔵に、久作たちは肩を落とす。
 -いや、総記じゃないことだけはたしかだと思うんですけど…。

 


「ごちそうさまでしたー」
「はい、お粗末さま」
 食堂では、図書委員たちが少し遅い夕食を終わらせたところだった。
「よし、じゃ、残りの図書カード作りを終わらせるぞ…」
 言いかける久作の肩に、雷蔵が手を置く。
「いや、今日はここまでにしよう」
「でも先輩…」
「今日はもう暗くなっている。暗くなってからの作業は、灯を使うから危険だ。特に一年生たちは疲れて注意散漫になっているからね。うっかり燈台を倒したりしたらたいへんだろ?」
 静かに雷蔵は諭す。
「じゃ、僕だけでも…」
「久作もムリするな。中在家先輩が演習から戻られるのは明後日だし、それまでには終わってるって」
 にっこりとする雷蔵に、もはや久作も何も言えない。
 -たしかに、それで怒るってことはなさそう…。
 -雷蔵先輩の人徳っていうか…。

 


 雷蔵はひとり、図書室に戻った。文机の燈台に灯を移し、硯に水を差して墨を磨る。
 -…。
 静かに墨を持つ手を動かしながら、耳を澄ます。だれもいない図書室には、墨を磨るほかに物音もしないが、棚に詰まった古今の書籍たちがひしひしと小声でざわめく気配を感じる。
 夜の図書室で一人過ごすことは、決して嫌いではなかった。それは、完璧に一人である時間を持つことができることでもあったし、それゆえにいろいろな考えをめぐらすことができる時間でもあったから。
 もちろん、いつも一緒にいる三郎との時間を厭っているわけではなかった。ただ、時には互いに一人でいることも必要だと考えるのだ。だからこそ、共に過ごす時間がこの上もなく楽しくもかけがえなくも感じることができるのだ。
 -きり丸は、どうしたのだろう。
 だが、今夜、雷蔵の頭を占めていたのは、きり丸のことだった。いつもなら、手を動かすと同時に口からもおしゃべりを繰り出しては、毎度のように久作に注意されたりしているのだが、今日は委員会に遅刻して駆け込んできたあとは、ふさぎこんだような表情でいるのが気になっていた。
 -なにか心配事があるみたいだけど、僕たちにも言えないくらいなことなんだろうか…。それってつまり、僕たちでは役に立たないくらい深刻なことなんだろうか…。
 軽く頭を振ると、雷蔵は墨を置いて筆を執る。未整理の新着図書はまだ三十冊近くある。慣れた筆さばきで図書カードに記入しながら、雷蔵はしばし目の前の仕事に集中しようとした。

 


 ぎし、ぎし…と廊下を重い足音が伝う。その足音が止まり、手が図書室の襖にかけられる。がらりと襖を開けた長次の眼にとまったのは、文机の上に灯ったままの燈台と、その傍らで首をたれている雷蔵の姿だった。
(…)
 物も言わず、長次はのっしと雷蔵の傍らに腰をおろすと、書きかけだった図書カードと硯と筆を引き寄せる。そして、もう一度眠る雷蔵に眼を落とすと、おもむろに制服の上着を脱いで雷蔵の背にそっと着せ掛けた。

 


 まぶた越しにちらちらとともる灯と動く影に気づいて、眠りの淵から意識が緩やかに引き戻された。
 -誰かいる!?
 動く影に気づいた雷蔵は慌てて身を起こす。背に着せ掛けられていた大きい制服がぱらりと落ちる。
 自分の隣には、長次がいた。黒い襦袢姿で、二の腕まで浮き上がった血管が燈台の灯にかすかな影を落としている。
 -中在家先輩…?
 演習中のはずの人物の大きなシルエットに、雷蔵は声をかけあぐねた。
(起きたか。)
 筆を走らせながら、もそりと長次は言う。
「は、はい」
(火を使ったまま寝るな。危険だ。)
「申しわけありません。以後気をつけます」
 雷蔵は慌てて居ずまいを正すが、むすりとした表情からして、長次が本気で怒っているわけではなさそうだった。
(疲れているのなら、早く寝ろ。新着本の整理は、それほど急がなくてもいい。)
「…先輩、演習は明後日までではなかったのですか」
 おずおずと、予想外の早い帰還の理由を雷蔵は訊こうとした。
(演習場の近くでウスタケ城が大掛かりな戦の演習をやっていた。周辺にはウスタケや偵察の他の城の忍が入り乱れていて危険だということで、演習は中止になった。)
「そうだったのですか」
(なぜ図書室で寝ていた。)
「それは…」
 雷蔵は口ごもる。
「…考えごとを、していたからです」
(考えごと?)
「はい…きり丸のことです」
(きり丸が、どうかしたのか。)
「今日の委員会のあいだ、様子がいつもとちがったもので…いつもみたいに軽口を叩いたりしないというか、ふさぎこんでいるみたいというか…」
(…。)
 それきり、長次が口を開くことはなかった。その傍らで、雷蔵も黙りこくって筆を走らせる。 

 


(今日から、虫食い本の修補を行う。)
 翌日、放課後の図書室で、もそりと長次が宣言した。
「あの…新着本の図書カードは…」
 怪士丸がためらいがちに訊く。
「図書カードは、中在家先輩と私で片付けておいた」
 ほとんど中在家先輩にやってもらったけどね、と苦笑しながら雷蔵が答える。
「というか、中在家先輩、演習中じゃなかったんですか?」
 久作が手を挙げる。
(ウスタケ城が演習場の近くで戦の演習をしていて危険ということで、中止になった。)
「そうですか」
 納得したように久作が頷いたとき、チッと舌打ちが響いた。
「「!?」」
 全員が思わず舌打ちの主を見やる。きり丸だった。文机に肘を突いて、そっぽを向いている。その口から吐き捨てるような一言。
「戦なんて、だいきらいだ」
 いつもなら図書室での無作法には真っ先に注意するはずの久作も、きり丸のただならぬ気配に息を呑んだままである。
「何かあったのかい、きり丸」
「いえ。なんでもないっす」
「だけど…」
 なおも訊きかける雷蔵をきり丸が遮る。
「虫食い本の修補やるんっすよね。はやくやりましょうよ」
 当惑したような眼で久作と怪士丸が長次と雷蔵を交互に見やる。雷蔵はちらと長次に視線を送る。
 -大丈夫です。僕があとで調べますから。
(…。)
 むすりとしたまま応えた長次は、物も言わずに修補が必要な巻物を広げる。

 


「怪士丸、ちょっと」
 委員会が終わったあと、帰ろうとする怪士丸を雷蔵は呼び止めた。
「…はい」
 不審そうに怪士丸が見上げる。
「ちょっと頼みたいことがあるんだ。きり丸のことで」
「…なんですか?」
「最近、きり丸の様子がおかしいと思わないかい?」
「…そういえば、なんか機嫌が悪いっていうか、今日も戦がきらいとか」
「そうなんだ。だから、なにがあったのか聞いてきてほしいんだ」
「だれにですか?」
「きり丸がいつも一緒にいるのがいるだろ?」
「ああ、乱太郎としんべヱ」
 納得したように怪士丸が頷く。
「そういうこと。頼むよ」
「…はい」

 


「どうだった?」
「…はい」
 数刻後、図書室の文机に向かっていた雷蔵のところに、怪士丸がやってきた。
「…乱太郎たちの話だと、町のお祭りにきり丸が店を出すつもりでいて、乱太郎たちも手伝う予定だったそうです。でも、戦の演習で祭りが延期になって、秋休みに重なっちゃったんで、乱太郎たちが手伝えなくなったみたいです。土井先生たちもウスタケや他の城の動きを追うために休みの間はずっと出ているそうです」
「そうだったんだ」
 -だけど、バイトの予定が流れたくらいで、あんなに思いつめた顔をするもんだろうか…。
 ふと思いついた疑問を見透かしたように、怪士丸は続ける。
「…きり丸、さいきんあんまりバイトが入らなかったらしくて、このままだと学費が払えないっていってたみたいです。だから、こんどの町のお祭りで一発逆転の大もうけをするんだって…」
 一発逆転云々は乱太郎から聞いた話をそのまま再現する怪士丸だった。
「そうだったのか…事情はよく分かった。ありがとう、怪士丸」
 にっこりする雷蔵に、怪士丸は不安げに訊く。
「…これでいいですか?」
「ああ、充分さ…あとは僕たちが考えるから、怪士丸は心配しなくていいよ」
「…はい」
 少し安心した表情になった怪士丸がぺこりと頭を下げて図書室から立ち去る。
「…ということだそうです」
(…。)
 書棚の影から、ぬっと長次が姿を現した。
「手伝ってやりましょうか…少なくても僕は、どっちみち秋休み中も自主トレで残ってようと思ってましたから」
(私も手伝おう…ボーロを作れば、少しは売れるだろうか。)
 むすりとした表情のまま長次は言うが、その背後の精一杯の思いやりを感じて、雷蔵は微笑みながら大きく頷く。
「それ、すごくいいと思いますよ。町の人には珍しいと思いますし」

(わかった。)
 それだけ言うと、長次はふたたび書棚の影に姿を消した。

 


 -あーあ、まいったよなぁ…。
 荷物を担いで町への道をとぼとぼと歩きながら、きり丸は内心ため息をついていた。
 -これじゃ、一発逆転どころか、学費払えるかもビミョーだぜ…。
 きり丸の背には、乱太郎たちに手伝ってもらって作った大量の造花があった。もっとも、単価は知れたものだし、そもそもこれだけ作っても売れるかどうかはきり丸にも自信が持てなかった。ただ、何も売らなければ、収入はゼロである。それだけは避けなければならなかった。
 -そもそもウスタケの戦の演習のせいで祭りの人出だってすくないかもしれないし…せめて、演習の情報だけでも聞いてれば、もっと稼ぐチャンスがあったのにな…。
 いつもなら考えられないことだった。団蔵の話を聞き逃したとしても、町にはちょくちょく行っているのだから、祭りが延期になったことくらい耳にして当然だった。魔が差したとしか解釈しようのない失態だった。
 人出が少なければ、それだけ売り上げのチャンスも減る。根は楽天的なきり丸だったが、それで学費が払えなくなったときのことを考えると、胃が捩じ上げられるような苛立ちに襲われるのだった。 

 


 町に入ると、いいにおいが鼻にとどいた。祭りであればいろいろな食べ物の屋台が出ているから当然だったが、このにおいは学園でおぼえたにおいだった。
 -中在家先輩のボーロのにおいだ…でもまさか。
 たまたま南蛮かぶれの商人がボーロの店でも出しているのだろうと思いながらも、においに誘われるように祭りの人並みの中に足を進める。ひときわ大きな人だかりの向こうに、ボーロの出店はあるようである。どんな商人がこのような店を開いているのだろうと興味に駆られて人だかりを押し分けて進む。
「あ…!」
 そこにいた意外な面子に思わず小さく声が漏れる。と、エプロン姿の見慣れた人物が声を上げる。
「きり丸、遅刻!」
 その声に、他のメンバーも振り返る。
「やあ、きり丸」
「早く手伝ってよ。ボーロが大人気で、手が足りないんだ」
 雷蔵や怪士丸も声をかけてくる。
「え…でも、なんで?」
 まだ事態が呑み込めないきり丸にエプロンを手渡しながら雷蔵が説明する。
「事情は聞いたよ。きり丸、この祭りのバイトで学費を作る予定だったんだろ? 及ばずながら、僕達も助太刀に来たってわけさ」
「でも…」
 誰からそんなことを、と訊こうとしたとき、長次がぬっと姿を現した。その手には、香ばしく焼きあがったボーロがある。甘いにおいに集まった群衆からどよめきが漏れる。
(私と雷蔵は休み中も学園に残る予定だったから手伝ったまでだ。久作と怪士丸は、わざわざ残って手伝ってくれたのだから、あとできちんと礼をしろ。だが、今はボーロを売ることに専念しろ。)
「は、はい…」
 いつもより長い台詞に思わず直立不動になっていたきり丸だったが、ようやく事態を把握すると、瞬時に商売モードに頭を切り替える。エプロンの紐を結びながら、景気よく声を上げる。
「さあ、いらっしゃいいらっしゃい! 南蛮直伝のとびきりうまいボーロだよっ!」

 


「今日はありがとうございましたっ!」
 学園への帰り道、きり丸は長次たちに深々と頭を下げた。
「少しは学費の足しになったかい?」
 雷蔵が微笑む。
「はい、そりゃもう!」
 きり丸の懐には、材料費を除いた売り上げがそのまま納まっていた。
「よかったね、きり丸」
 怪士丸が精一杯の笑顔を浮かべる。
「怪士丸も、悪かったな、すっかり手伝わせちゃって」
「いいんだ…ぼくも、こんなふうに外でみんなでバイトするの、とっても楽しかったから」
「僕にはなんにもなしかよ」
 久作がむすっとしてみせる。
「え!? いやだなぁ、能勢先輩にそんな失礼なことするわけないじゃないですかぁ」
 きり丸が久作にすりよる。
「おい、よせってきり丸、くすぐったいから」
 照れくさそうに笑いながら身をかわそうとする久作だったが、きり丸はなおもまとわりつく。
「そんなこといわないでくださいよぉ、先輩☆」
「気持ちわるいったら…もういいから離れてくれっ」
 久作が長次の身体の陰に隠れようとする。
「…そもそも、中在家先輩がボーロを売ろうって仰ったから手伝っただけなんだ。お礼なら先輩に言えっ!」
「そうでした! 中在家せんぱぁいっ!」
「ったく現金なやつだな」
 ようやくきり丸から開放された久作がぶつくさ言うのにかまわず、今度は長次の身体にまとわりつく。
(…暑苦しい。)
 ぼそりと言うが、身体にまとわりついて顔をすりつけてくるきり丸が離れる気配はない。
(…。)
 片手を懐に入れた長次は、無言のまま取り出した小銭を指で弾く。
「小銭ちゃ~~~ん! あひゃあひゃっ」
 たちまち眼を小銭にしたきり丸が駆け出す。
「ったくきり丸のやつ…」
 その後姿に眼をやった久作がため息をつく。
「まあいいじゃないか。これできり丸も学費を払えるんだし」
 優しい眼差しで雷蔵が言う。
「学園をやめなくてすみますね」
 ぽそりと言う怪士丸の頭を撫でながら、雷蔵もほっとしたように続ける。
「そうだね。そんなことになったら寂しいからね」
 そう言いながら長次に視線を向ける。
 -そんなこと、とてもできませんよね。
(…。)
 むすりと唇を引き結んだまま、長次は歩き続ける。が、同じ感情を確実に感じた雷蔵は、朗らかに声を上げる。
「さ、きり丸が銭を拾って戻ってくる前に、学園まで急ごう!」

 

<FIN>