暴言上等(2)

 

「では、これより会計委員会対保健委員会の競争を行う。裏裏山までメンバーの誰か一人でも先に到着したほうの委員会を勝ちとする。妨害は自由だが、他者の助けを借りることは禁止とする…」
 スタートラインに会計委員会と保健委員会のメンバーが並ぶ。審判の伝蔵がルールを棒読みする。
「…では、スタート!」
「よし、我々は、乱太郎をガードしながら進むんだ」
「「はい!」」
 伊作の声に、数馬たちが返事をした次の瞬間、
「「おわ~っ!」」
 門を出たところに張られていた仕掛け縄に、先頭の乱太郎が躓く。次々とぶつかった保健委員たちが、ひとかたまりとなって転んだ。
「ははは…そんな仕掛け縄に引っかかるとは、さすが不運でヘタレの保健委員会だな…勝負はもらったぜ!」
 早くも朗々と勝利宣言した文次郎が、仕掛け縄を軽く飛び越えて走り出す。三木ヱ門たちが続く。
「この様では、先が思いやられるな…」
 ひとりごちた伝蔵も、会計委員を追って走り出す。

 


「さて、どう見る?」
 物陰には、文次郎と伊作を除く六年生たちが、勝負の様子をうかがっていた。
「まあ、普通に考えれば、勝負にならないところだが…」
 仙蔵が考え深げに腕を組む。
「というと?」
 留三郎が眼を向ける。
(伊作が、なぜあんなにあっさり勝負を引き受けたかを考えるべきだな)
「どういうことだ、長次?」
 頭の後ろで手を組んだ小平太が訊く。
(少しは自分で考えろ、小平太)
 むすりと返された小平太が口を尖らせる。
「ちぇ、長次のケチ」
「伊作は、勝負に負けてもいいと思っているということか?」
 気がかりそうに留三郎が訊くが、仙蔵は軽く口角を上げて、文次郎たちに視線を向けるばかりである。 

 


「さあて、ここから先には通すことはできないな。ここで保健委員会には退場していただく」
 腕を組んで立ちはだかる文次郎の両脇に、木砲を構えた三木ヱ門と佐吉、団蔵が並ぶ。裏山の中腹を、会計委員たちは勝負の場としたようである。

「そうかな…でも、通してもらわないと、我々も困るんだ」
 涼しげに言い返す伊作だが、この時点で伊作自身も含め、保健委員たちはボロボロである。
「一年生の佐吉と団蔵が仕掛けた罠にいちいち引っかかって、それ以上、どう勝負するというんだ?」 
 文次郎が哂う。
「そっちが通さないというなら、こっちにも用意があるからね」
 伊作が担いでいた袋からなにやら取り出そうとする。
「ほう? なにかヘタレな武器でも出す気か?」
 あごに手を当てた文次郎が揶揄したとき、
「待ってください!」
 進み出たのは三木ヱ門だった。
「ここは、この過激な武器を扱わせれば学園一、忍術学園のアイドル、四年ろ組の田村三木ヱ門にお任せください!」
 不敵な笑いを浮かべて立ちはだかる。
「そして、会計委員会を甘く見てもらっては困るな。この田村三木ヱ門がいる限り、会計委員会はほかのヘタレ委員会の上に永遠に君臨するのだ!」

「よく言った! 田村! 会計委員会の実力を見せてやるには、俺が出張るに及ばん、お前が見せつけてやれ!」
 文次郎が身を乗り出す。
「おまかせください」
 指先で明るい茶色の前髪を軽く払った三木ヱ門は、木砲を構える。
「さあ! どこからでもかかってこい! 会計委員会に歯向かう者は、すべてこのさち子3世が成敗してやる!」

 


「まあまあ、そんな不穏当な武器を取り出して勝負なんて、ちょっとアンフェアだと思わないかい? こっちは丸腰なんだよ?」
 伊作が苦笑いを浮かべながら声をかける。
「いいえ! これは会計委員会と保健委員会の名誉をかけた真剣勝負なのです! あらゆる戦力と戦術を尽くして闘うことこそがフェアというものなのです!」
 木砲を構えたまま、三木ヱ門は叫ぶ。
「そうか…まいったなぁ」
 頭をかきながら、伊作は左近を振り返る。
「そしたら、我々もあれで勝負するしかないよね」
「え…あれですか…」
 袋を担いだ左近が、ぎょっとして後ずさりする。
「気をつけろ。アイツら、またなにか妙な武器を使う気だ」
 団蔵と佐吉を背後にかばいながら、文次郎が三木ヱ門にささやく。
「ではその前に威嚇射撃を…さち子3世! 発射!」
 三木ヱ門の声に、袋から何かを出していた保健委員たちが振り返る。
「発射するぞ! みんな退避しろ!」
 伊作が叫ぶと同時に、手にしていた何かを闇雲に放り投げながら保健委員たちが木立に飛びのく。と、次の瞬間、ぼむ、と音を立てて飛び出した砲弾が、左近が放り投げた袋の上に落下した。破れた袋からトイレットペーパーやマッチ箱が飛び散る。

「はっはっは…さすがヘタレの保健委員だな。武器といってもしょせ

んそんなものか」
 大笑いする文次郎の後ろで、佐吉が気がかりそうに団蔵にささやく。
「なあ、さっき、なにかがさち子3世に入らなかったか?」
 砲弾に驚いて保健委員たちが放り投げた何かが、砲口の中に吸い込まれていったのを佐吉の眼は捉えていた。
「そう? ぼくはぜんぜん気がつかなかったけど。それに、入ったとしてもマッチ箱かトイレットペーパーなんだから、ちっともまずいことなんてないさ」
 いかにも間延びした返事だった。団蔵の関心は、同級生の乱太郎の身を案じつつも、一刻も早くこの騒動が終わって、学園に戻って、サッカーの試合のフォーメーションを考えたいということで占められていた。
「だといいんだけど…」
 ひとりごちる佐吉の横で、三木ヱ門がふたたび砲弾と弾薬を装填して導火線に点火する。
「もう一発! さち子3世! とどめだ!」
「うわぁ先輩! ど、どうしましょう!?」
「伊作先輩たすけて!」
「こっちに来るんだ!」
 身を隠すのに遅れて逃げ惑う乱太郎と伏木蔵を、伊作が隠れていた岩陰に引き込む。だが、砲弾が岩に着弾したら、自分も乱太郎たちも危ない。伊作はとっさに2人の身体に覆いかぶさって眼を閉じた。
 -もうダメか…。
 導火線を伝った火が、砲身に吸い込まれる。砲弾が発射されるとだれもが思った瞬間、閃光がはしった。
「「え?」」
 三木ヱ門たちが思わず砲身に眼をやると同時に、すさまじい煙と刺激臭とともに木砲が爆発した。
「どうした?」
 そろそろと顔を上げた伊作の眼に飛び込んできたのは、もうもうとした煙に包まれて激しく咳き込む会計委員たちの姿だった。

「どうしたんでしょう?」
 伊作の身体の下から、乱太郎が顔をもたげる。
「もっぱんが爆発したみたいですね」
 背後の木陰から、左近が姿を現す。
「だけど、火はついてなかったはずです。田村先輩が木砲をぶっ放すっていうんで、パニクって放り投げただけなんだし」
 数馬も顔を出す。
「どうやら、私たちが放り投げたもっぱんのどれかが、三木ヱ門の木砲の中に入っちゃったということのようだね」
 ほっとした顔で身体を起こした伊作は、乱太郎と伏木蔵を助け起こすと、これ以上もない爽やかな声で宣言する。
「どうだ、会計委員。われらが保健委員特製のもっぱんの威力、思い知ったか?」
「い…伊作、テメェ…!」
 ようやく立ち込めていた煙を払ったところに、文次郎はぬっと現れた。噴煙で顔は真っ黒だが、顔中から出ているものが流れたところだけ縞模様を刻んでいる。
「なめたマネしやがって…田村! 保健委員にお返しに砲弾を食らわせてやれ!」
 片足を踏み出し、人さし指をまっすぐ伊作たちに向けながら、文次郎は怒鳴る。すぐに砲弾が放たれると思っていた…が、妙な空白の時間が流れた。
「田村! 何をしている!」
 苛立たしげに振り向いた文次郎が目にしたのは、地面に泣き崩れる三木ヱ門の姿だった。
「さち子3世…こんなにばらばらになっちゃうなんて、こんな可哀想なことがあるなんて…」
「田村先輩は、さち子3世がこわれてしまって、精神的に立ち直れないようです」
 まだ出続ける涙や鼻水を拭いながら、佐吉が説明する。
「くっそ…!」
 歯軋りをした文次郎は、憤怒に眼をぎらぎらさせて伊作たちに向き直る。
「こうなりゃ俺が相手だ! 三木ヱ門とさち子3世の仇、この俺がとってやるぜ!」

 

 

「でも、ムリだとおもいますぅ」
 妙にはきはきした声に、その場にいた全員が耳を疑った。
「な…ん、だ、と!」
 文次郎の声がうろたえる。声の主が、あろうことか、伏木蔵だったから。
「伏木蔵、やめろって」
 数馬が慌てて注意するがもう遅い。一度は気勢をそがれた文次郎だったが、いまや怒りが倍増したらしく、般若の形相で伏木蔵に向き合っていた。
「もういっぺん言ってみろ! なにがムリだというんだ!」
 文次郎の怒鳴り声が雷のように轟く。泣き伏していた三木ヱ門までがはっとして顔を上げたが、伏木蔵は泰然として続ける。
「だって、実戦経験は誰が見ても伊作先輩のほうがうえだし」
「んだと! ヘタレで不運な伊作が、なぜ学園一ギンギンに忍者している俺より実戦経験があるというんだ!」
「だって、園田村の戦いのときも、学園祭でくせ者がたくさん来たときも…」
「学園祭のときは!」
 相手が一年生ということも忘れて、文次郎は言い募る。
「俺たちもカメすくいのカメを使って…」
「でも、たかが牧之介ですよね」
 あっさりと言い捨てた一言に、文次郎が凍りつく。
「つまり、そういうジンクスなんですよ」
 ごく淡々と放たれた伏木蔵のひとことに、文次郎のなかで、何かが音を立てて崩れていく。
「まあまあ、そんなに傷に塩を塗るようなことは…」
 数馬がうろたえたように声を上げるが、放心状態の文次郎の耳には届かない。
「そうだよ。伏木蔵、あんまりホントのこと言っちゃダメだよ。事実はときにはウソより人を傷つけることがあるって、金楽寺の和尚さまから聞いたことがあるよ」
 乱太郎が突っ込む。
「そうかなぁ? ぼく、そんなにひどいこと言った?」
 無自覚にへらりと笑う伏木蔵に背を向けて、文次郎がうわごとのように呟きながらふらふらと学園へと歩き始めていた。
「ジンクス…俺には、忍者できないジンクスがあるというのか…?」
 うなだれた委員長の後姿に、とぼとぼと佐吉と団蔵が続く。

 


「審判の山田先生。この勝負、保健委員の勝ちですよね?」
 乱太郎が弾んだ声を上げる。
「ふむ、相手の戦意を完全に喪失させた点で、保健委員…というより伏木蔵の勝利だな」
「やったやったぁ!」
「これで、予算を増やしてもらえる!」
「薬草の自家栽培も、バザーで期限切れの生薬で作ったお菓子を売らなくてもいいんですね!」
 飛び上がって喜ぶ乱太郎の傍らで、数馬と左近が手を取り合って頷き交わす。
「さあ! 予算ももらえることになったし、我々も学園に戻ろう! もうすぐ夕食の時間だぞ!」
 伊作がひときわ声を張り上げると、「はーい!」と手を上げた数馬たちが、伊作にまとわりつきながら山道を下っていく。
 -さて、私も戻るとするか。
 それにしても伏木蔵の暴言が勝負を決めるとは意外な結末だったな、とひとりごちた伝蔵の袖を、誰かが引っ張る。乱太郎だった。
「山田先生、いっしょにもどりましょう」
「そうだな」
「先生、はやくはやく!」
「わかったわかった…」
 そう袖を引っ張るな、と苦笑しながら、伝蔵も小走りに乱太郎に続く。なにかを忘れているような感覚が引っかかっていたが、意識はすぐに、予想外に早く勝負が着いたために夕食前に片付けられる見込みが出てきた仕事の段取りへと移っていた。

 

 

「こういう結末って、アリか…」

 放心状態で留三郎が呟く。
「ふむ…恐るべき暴言小僧だな」
 仙蔵があごに手をやる。
「あんな一言で戦意喪失とは、文次郎も口ほどではないな」
 もう少し面白い立ち回りが見られると思ったのにな、と小平太はつまらなさそうである。
「だが、伊作も、最初から伏木蔵の暴言を当てにしてたわけじゃないんだろ?」
(当然だ…伊作は、勝負に負ける予定だったはずだ)
「どーゆーことだよ、長次」
「保健委員会に予算がつけられなくなって困るのは、会計委員会だということだ」
 仙蔵が解説するが、小平太はまだ納得がいかないようである。
「もう少し説明しろよ、仙蔵」
「考えてもみろ。予算を全部削って保健委員会が活動停止になったら、誰がケガ人や病人の手当てをするんだ。新野先生がいても、薬がなければ話にならない。保健委員会は、委員長の伊作が責任を取って生首でも差し出せば、誰も活動再開に反対などできなくなるだろう。伊作も、最終的にはそうする覚悟だったんだろう…そもそも、あれだけ文次郎が留三郎とケンカしていて、手当てに使う薬がなかったら、一番困るのは文次郎だろう?」
「そこでなんで俺が出て来るんだよ、仙蔵!」
 留三郎が拳を握って怒鳴るが、小平太は大きく頷いた。
「そーゆーことか。やっと分かったよ。ありがとな」
「小平太も納得したところで、我々も戻るとするか」
「そうだな」
「あー腹減った。早く行こうぜ」
「待てよ小平太」
 ギャラリーたちも、いつしか学園へ向けて駆け足になっていた。


「遅いのう…会計委員会も保健委員会も何をやっておるんじゃ…」
 裏裏山の山頂のゴール地点では、大川がいらいらと歩き回っていた。
「もうすぐ夕食ではないか…早くしないと夕食に間に合わんではないか…!」
 暮れかかってきた空を見上げながら、なおもぐるぐると歩き回る大川だった。 

 

<FIN>

 

 

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