命のリレー(2)

「実は善法寺君に、渡しておきたいものがあってね」
「私に、ですか?」
「そうです」
 新野は立ち上がると、戸棚の奥から二つの木箱を取り出した。伊作の前に置く。
「これを、君に引き継ぎたいのです」
「これは、なんですか」
「まずは、こちらです」
 新野が箱の蓋を開けると、数巻の巻物があった。
「手にとって、ご覧なさい」
「はい…」
 伊作がその一つを手にする。眼を通し始めてすぐ、伊作の顔色が変わった。手が小刻みに震えている。
「こ、これは…」
「そうです。毒薬に関する書です。古今、本邦から南蛮まで、あらゆる毒薬の処方、使用法が書かれています」
「こんなものを、なぜ…」
「私たちは忍なのです。敵の暗殺や撹乱といった任務が与えられたとき、毒薬は大きな効果を発揮します。むしろ、武術などより本質的な役割を果たすといっても過言ではありません」
「それは分かりますが」
「忍である以上、避けられないことです。その道を選択した君が、毒薬の扱いになにをそれほど躊躇うのです」
 確かに、自分はすでに命を奪う経験をしている。それも、授業の一環として。あまりにもあっけなく奪い取った命に、かえって拍子抜けした記憶がまざまざと甦る。
「そういうことでは…」
「では?」
「この書を受け取ることで、私にはどのような義務が生じるのでしょうか」
 -いいカンをしてますね。
 新野は思わず微笑む。この書を引き継いだ者には、特別な義務が課せられる。
「この書は、特別に引き継がれた者以外に見せることは許されていません。それ以外の者には、この書の存在そのものも語ってはいけない。しかし、この書を引き継いだ者は、この書に記された知識を活用し、また必要な内容を後進に伝えていかなければならない。そして、いつかこの書を引き継げる者を探し出さなければならないのです。そしてもう一つ」
「もう一つ?」
「この書は、はるか昔からの知識が記されています。しかし、その中には、今となっては正しくないものも含まれている。それについて、注釈をつけていくこと。それから、新しい有用な知識を追加していくこと。それが、この書を引き継いだ者の義務です」
「そのようなものを、なぜ私に」
「それに答える前に、もう一つの書を引き継がなければなりません」
 新野は、もう一つの箱の蓋も開ける。こちらには、はるかに多くの書が収められていた。
「読んでみてください」
 伊作は震える手で巻を開く。
「これは…」
「そうです。これは、古今の医針、合薬、仙法の集成です。本邦、唐、南蛮、あらゆる知識が記されている。各地の城に秘蔵されている書に記されていることもあります。みな、これまでこの書を引き継いだ者たちが集めた知識です。間違いなく、いまこの国にある内経学(医学理論・針灸)、本草学(薬品学)、処方学(臨床薬剤学)の書でも最高レベルにあるといっていい」
「そのようなものを、なぜ私に…?」
「言ったはずです。この書を引き継いだ者は、信頼するに足る者を探し出し、引き継がなければならないと」
「なぜ、私なのですか。私はまだ忍たまなのです。とてもこのようなものを引き継ぐことはできません」
「善法寺君。私が何年、待ったと思っているのですか」
「待った?」
「そうです。私は忍術学園で、保健委員会の顧問として、この書を引き継げる者を探していました。そして、やっと見つけたのです。君を」
「私は不運委員長といわれているほどの不運な人間なんです」
「不運は理由になりません」
 ぴしゃりと新野は言う。
「私の師、七瀬仁斎先生は、つねづね仰っていました。医術は命の積み重ねの上にある。だからこそ、命は尊いのだと。医術の進歩のためには、多くの犠牲が必要である。毒薬の進歩もその一面に過ぎない。だが、最後の最後の場面で求められるのは、命を救うための強い意志、そして知識と技能なのです。君にはそれがある。それが理由です」

「私は…私には、これを、引き継げるのでしょうか」
「私には、君に委ねることになんの躊躇もありません。留守中の君の診察や投薬記録を見て、私はもう大丈夫だと確信しました。それに」
「それに?」
「これは、私からのバトンなのです。君は、バトンを受け取って、次のランナーに向けて走り出さなければならない」
「バトン…?」
「そうです。今が、バトンを渡す潮時なのです」
「潮時?」
「いえ、それは…」
 新野の顔に、初めて動揺の色が現れた。
「先生、潮時とは、どういうことなのですか」
「つまりですね…、君に引き継ぐべきときが来たということです」
「本当にそれだけなのですか。今と仰るからには、潮時と仰るからには、もっと深い訳があるのではないのですか」
 伊作が詰め寄る。
「いや、そういう訳では…」
「先生、仰ってください。旅から戻られてから、先生は何かに悩んでおられました。なぜ仰ってくださらないのですか。私が聞いてどうなるものでもないものは分かっています。でも、教えてください。先生がなにに悩んでおられるのか。今日、急にこの書を私に引き継がれたのと関係があるはずですよね。先生」
 伊作が畳み掛ける。膝を握り締めた指が震えている。
「新野先生、なぜ教えていただけないのです。私では不足だからですか。それなら、なぜ私のような者にこのような書を引き継ごうとなされるのですか…先生は、矛盾していらっしゃいます。ちがいますか」
 一気に言いつのる伊作は、もはや新野を見ていない。俯いて、固く閉じた眼から落ちる涙が制服の袴ににじんでいる。
「善法寺君…」

 


「先生…先生がなぜ今日、私にこの書を引き継がれるのか、その訳を教えていただけるまで私はこの書を引き継ぐことはできません」
「そうですか…」
 新野はしばし考え込む。
 -たしかに、彼の言うとおり、私は矛盾しているかもしれない。彼に今、この書を引き継ぐからには、その理由をきちんと説明すべきなのかもしれない。
「分かりました。君の言うことはもっともです」
 新野が口を開く。
「…私は、近々学園を去ることになるでしょう。そして、果てる日も近いかもしれません。だから、この書を引き継ぐに足る者が現れたことは僥倖であり、潮時でもあると思ったのです。これ以上、学園にご迷惑をかけるわけには行きませんから」
「新野先生…それはどういう…」
 思いがけない言葉に、伊作は涙が伝ったままの顔を上げた。新野は、いつもと変わらない温和な眼差しで伊作を見つめている。
 -どうして先生は、そんなに穏やかなお顔で、そのようなことを仰ることができるのですか…。
「私を、私の知ることを狙う勢力がいるのです。今度の相手は手強い。そして、私は、彼らに私の知識を提供する気はない。私が学園にいたのでは、学園が危険です。だから、私は学園を去るのです」
「なぜ、去る必要があるのです…」
「学園を、学園の生徒たちを危険に晒すわけにはいかないからです…それに」
「それに?」
「この書を引き継ぐ者たちはすべて、リレーの走者なのです。次の走者が走り出すのを見届けることができれば、前の走者はその役割を終えるのです。私はいま、次の走者にバトンを渡すことができた。いつ君に渡そうか、ずっと機会を探していましたが、ちょうどいい機会です。だからこそ、学園を去る覚悟ができた。学園を守る決意ができたのだと思うのです」
 新野の顔に苦悩はない。むしろ、晴れやかささえ漂わせている。

 


「そのことは…学園の先生たちに相談されたのですか…」
「なぜです?」
「なぜって…先生の身に危険が及んでいるということではないのですか」
「危険が及ぶのは私だけで十分です。学園を巻き込むわけにはいかない」
「先生、なぜご自身だけで敵を引き受けようとされるのですか」
「それは、学園が危険だからです。さきほど言ったはずです」
「先生…先生は、ご自身を犠牲にすればいいとお考えなのですか」
「犠牲…? まあ、そういえば、そうなのかもしれませんな」
「先生を失ったら、私たちはどうなるのですか!」
 ばん! と伊作の拳が床板を叩いた。
「どうなる…とは?」
 たじろぐ新野を、見開かれた伊作の眼が捉えている。
「私たちは、私たちは…」
 言いたいことの一割も言葉にできず苛立った伊作は、拳を固く握り締めたまま立ち上がる。
「…学園長先生に、ご相談します」
「やめなさい。学園にどんなご迷惑をかけるか分からないのですよ」
「なぜそれが『ご迷惑』なんです…」
 握った拳が細かく震えている。
「先生がいない学園など、誰も考えられないことが、どうして先生にはお分かりにならないのですか…!」

 


「まあまあ、わかりました。学園を去るかどうかについては、まだ決めたことではありません。必要になったら、学園長先生とも相談して決めることにしましょう。だから、君も座りなさい」
 とりなすように、新野は話す。とりあえず、伊作を落ち着かせなければならない。
「…はい」
 しぶしぶ、伊作は座りなおす。
「ひとつ言い忘れていました」
 淡々とした口調に戻って、新野は二つの箱を伊作に押しやった。
「この書は、学園のものではありません。人につく書です。君が学園を卒業してどこに行こうと、この書は必ず携えていってください」
「はい」
「今日は、君にショックを与えるようなことを言ってしまって申し訳なかったと思っています。この書のことも、私が話したことも、誰にも言わないでください」
「…」
 伊作は俯いて木箱を見つめている。
「了解して、いただけますな?」
「仰せの通りにします。その代わり」
 伊作が顔を上げる。
「なんですか」
「…もし先生の身に危険が及んだときは、必ず学園の先生たちにご相談すると、お約束していただけませんか。黙って学園を去るということなど、決してしないと…」
 伊作の眼がまっすぐ新野を射る。
「そうしましょう」
 答える新野の眼は、しかし伊作の眼に応えていない。
「お願いします。お約束してください…失礼します」
 伊作は、二つの木箱を大事に抱えて、部屋を出た。あのように言いはしたが、新野はきっと、いざとなれば一人で学園を出るつもりであろう。それに気付いていながら、自分に止める力のない悔しさと無力感に打ちのめされながら。

 


 -いやに遅いな。
 食満留三郎は、同室の伊作の帰りが遅いことが気になり始めていた。
 -保健委員会の会議が長引いているのか、それとも、また誰かが薬戸棚をひっくり返したのか?
 先日、医務室にいたタソガレドキ忍者の組頭を捕えようとした文次郎が、医務室をめちゃくちゃにして伊作にひどく説教されていたのを思い出した。
 -文次郎も文次郎だ。校舎の外でやればいいものを、医務室の中で手裏剣打つなど、伊作をわざわざ怒らせるようなものなのに。
 襖が開いた。
「ただいま」
 疲れた顔の伊作が、部屋に戻ってきた。なにやら箱を抱えているようだ。
「遅かったな」
「うん。ちょっと新野先生と打ち合わせをしててね」
「そうか」
 読んでいた草紙に眼を戻しながら、留三郎は少し安心した。伊作が戻ってきた今となれば、何が心配だったのか、自分でもよくは分からなくなっていたが。
「ふわ~い」
 大あくびをした留三郎は、草紙を閉じた。
「伊作、俺はもう寝るからな」
「ああ、おやすみ」
 衝立の向こうで、なにかがさごそと物を動かしている音がする。

 


 衝立の向こうの灯が消えた。留三郎の側の天井が、不意に暗くなる。程なく、寝息が聞こえてきた。
 -寝たんだな。
 新野から引き継いだ箱をどこにしまうか、先ほどから場所の選定に悩んでいた。あまり遅くまでがさごそやっていると、留三郎を起こしてしまう心配があった。なにより、この箱の中身の存在は、留三郎にも知られてはならないものなのだ。
 -骨格標本のこーちゃんの下では、却って怪しまれるし、あまり奥にしまいこむと、ふだんの勉強に使えないし…。
 結局、積み上げてある書籍の下にさりげなく置くことにして、伊作はようやく布団を敷いて着替えることができた。灯を消して横になる。しかし、寝付けなかった。
 思いがけず、重大な書を引き継ぐことになった戸惑い、新野の死をも決意した穏やかな笑顔、学園に迫る危機、自分が死の薬を調合する日がにわかに現実のものになったこと、全てが頭を駆け巡っていた。
 -ダメだ。
 伊作はがばと起き上がると、頭をかきむしった。
 -留三郎、聞いてくれ。
 窓の格子から入る星明りが、壁を照らしている。伊作は、衝立の向こうに、声にならない叫び声を上げていた。
 -私には、この試練は、重すぎる…。
 あの書を手にした以上、自分は忍の任務に本草の知識を今まで以上に注ぎ込まなければならない、それが人の命を奪うことであっても。だが、自分にその準備ができているとはとても思えなかった。そして、信念のために死をも覚悟している新野のことも、自分の心にしまっておくにはあまりに重かった。誰かに共有してほしかった。では誰に? 衝立の向こうで健やかな寝息をたてている男しかいないではないか。
 自分とはあまりに違う性格ゆえに、留三郎とは気が合った。熱血で、闘うことが大好きで、文次郎とは始終ケンカしていても、自分が落とし穴にはまったときには駆けつけて介抱するような、優しさを持った男なのだ。留三郎とは、いろいろな話をした。他の生徒には言えないようなことも、留三郎になら話すことができた。きっと留三郎もそうだったに違いない。そうすることで、揺れ動きやすい心をなんとか安定させながら、忍としての厳しい訓練を乗り切ってきたのだ。だが、いま、どうしても話したいことは、話すことが許されていないのだ。自分ひとりで、乗り切らなければならないのだ。
 布団の上に胡坐をかいて、頭を抱える。
 -考えを整理しよう。
 このままでは、思考が絡み合ったまま朝を迎えてしまう。いま最優先で解決しなければならない問題を見つけるのだ。あとのことは後回しでよい。では何か。
 -新野先生のことだ。
 きっと、学園を守るために、一人、学園を後にすることを選択するであろう新野のことである。だが、忍といっても新野は、医術に専念していたため、決して運動能力は高くない。単身で学園を出た新野が、敵の忍から身を守りおおせるとは、本人も考えていないだろう。そして、拉致された先で協力を迫られたとき、伊作も思いもつかないような方法で自ら果てる気なのだ。
 -新野先生を、学園から出すわけには行かない。新野先生も、本心では学園に残ることを望まれているはずだし、私たちも、新野先生を失うわけにはいかないのだから。
 -では、どうすればいいのだ…先生には、誰にも言わないと約束したのに…。
 頭を抱えて煩悶していた伊作は、そっと呼びかける声に気付くのが遅れた。
「おい、伊作。どうした」
「え?」
 見上げると、衝立の向こうから留三郎が顔を覗かせていた。
「留三郎…?」
「なにかさっきからぶつぶつ言いながら頭をかきむしっているが」
「そ、そう?」
「ああ。どうしたんだ? 俺でよければ聞くぞ」
 そうなのだ。この言葉を待っていたのだ。
「いや…べつに」
 それなのに、どうして、打ち明けることが許されないのだろう。
「大丈夫なのか」
「ああ。大丈夫だよ」
「そうか」
 留三郎の顔が、衝立の向こうに消えた。

 


「…」
 ふたたび横になった伊作だったが、留三郎の顔を眼にしてしまったばかりに、却って寝付けなくなっていた。
 -これは、私一人で抱え込むべき問題ではない。
 だんだん、そういう思いが心を占めてきた。
 -ことは、新野先生の身に関わることで、学園の危険に関わることなのだ。
 それなのに、一人でどうしようか悩んでいる場合なのか。
 -だから…。
 ふたたび起き上がる。
「…留三郎、起きてるか」
 考えがまとまる前に、声を出していた。
「どうした」
 衝立の向こうから、声がした。
「…新野先生が…」
 もはや、止めることはできなかった。
「新野先生が、どうした」
「…新野先生が、学園を去られるかもしれない。それに…」
「どういうことだ」
 布団を跳ね除けた留三郎が、衝立の上に顔を出す。
「…命を、落とされるかもしれない」
「ちょっと待て。きちんと説明しろ。どういうことなんだ」
 留三郎が衝立を回りこんでくる。伊作の肩を掴む。
「新野先生を狙う城が現れたらしい。どこの城かは教えてくださらなかったが、強力な相手らしい。先生は、ご自分が学園にとどまることで学園が危険にさらされるから、学園を去ると仰っていた。私がいくら止めても、聞いてくださらなかった…」
 棒読みのように抑揚のない声で、伊作は説明した。
「それは、もう他の先生方にお話されているのか」
「いや…私もさっき伺ったばかりだ。それに、新野先生は、おそらく誰にも言わないまま、危険が迫れば学園を去られるおつもりだ」
「お前、そんな大事なことを…なぜ早く言わない!」
「先生は、このことは誰にも話すなと仰った…だが私は、どうしても私一人の胸にしまいかねたのだ」
「当たり前だ! そんなこと、一人で抱え込んでどうする! 今すぐ作戦会議だ」
「作戦会議?」
「そうだ。まだ先生に直接的な危害が及んでいないうちに、先生をお守りする態勢を作らなければならないだろう。まずは六年生で案を作って、明日先生方に提案するんだ。いいな」

 

 

 -少し強引だったかな…。

 床の中で、新野は先ほどまでのやり取りを思い出していた。
 -あのような形で引き継いでしまって、良かったのだろうか。
 たしかに、伊作はまだ若い。能力は見込んだとおりだから心配はしていなかったが、本人の受け入れ態勢が整っていなかった。
 -彼には、まだ早かったのか…。
 だが、自分に残された時間は、もはや少なかった。いや、ないといっても差し支えないほどだった。伊作を苦しめることになるのは承知の上で、あの書を引き継がなければならなかった。そうでなければ、リレーは自分限りで終わってしまうところだったのだ。
 -私には、もう時間が残されていないのだ。
 あらゆる城の勧誘を断って忍術学園に身を寄せることを選んでから、いつかはこのような日が来ることは覚悟はしていた。もし自分がどこかの城の手に落ちたとき、仁斎から受け継いだ知識と、あの文書は、この戦の世において、まったく意思と異なる用途に使われることになるだろう。そうならないためには、文書を確実な者に引き継ぐと同時に、自分の身が敵の手に落ちないように、適切に処することが必要だった。そして、その選択肢には、常に必要とあらば自らの命を絶つということも含まれていたのである。
 仁斎門下の一番弟子として世に出た時点で、新野の存在そのものが政治的、軍事的なひとつのシンボルになっていたのだ。
 -私は、命を救うことに生涯をかけてきたつもりだったが、実は死に場所を求めて彷徨っていただけなのかもしれない。
 それは、医療者としては痛烈な皮肉だった。
 -善法寺君、すまない…私のような者の人生に巻き込み、君には辛い思いをさせてしまった…。
 だが、自分の命が果ててからでは遅いのだ。

 


「新野先生が危ないとは、どういうことだ」
 留三郎たちの部屋には、急遽呼び集められた六年生たちがいた。口を開いた仙蔵は、寝間着姿だがまだ寝てはいなかったらしい。長い髪はまだ髷を結ったままである。
「伊作、さっきの話をしてくれ」
 留三郎が促す。
「実は…」
 憔悴しきった伊作が説明する。
「なんだって」
 文次郎がうめく。
「なんで新野先生がそんな覚悟をしなければならないんだ。襲ってくる連中を撃退すればいいんだろ」
 小平太がぼさぼさ髪を結いなおしながらぶつくさ言う。
「それが簡単にいかない相手だから、新野先生もそのようなことを仰っているんだろ」
 留三郎が指摘する。
「まず我々がすべきことは、相手がどこの城かを知ること、そして、そのための防御態勢を築くこと、この二点だろう」
「そうだ、仙蔵。そのための知恵を、皆に借りたいんだ」
(これはいい実戦授業になりそうだな)
「おい、長次。これはただの授業じゃないんだぞ」
 留三郎が注意したが、小平太は乗り気になってきたようだ。
「そうだな。これはいい実戦授業になると思うぞ。完璧な計画を立てて、先生方に示してやるんだ」
「だが、相手がどこの城かが分からなければ、対策を立てようがないではないか」
 仙蔵が指摘する。
「新野先生を狙う勢力が学園を襲ってきたのは、これが初めてではない…それが、今回は少しばかり強力というだけのことではないのか」
 腕組みをした文次郎が言う。
「そういうことだ。どちらにしても、学園を襲ってくる勢力があるなら、対策はある程度は共通化したものをたてられるのではないか」
「新野先生は、敵が誰かご存知なんだろ…伊作、聞いてこいよ」
「小平太…聞けるものならとっくに聞いてきてるよ」
「そっか」
(相手が動き出しているなら、何らかの微兆があるはずだ。新野先生に接触を図ってくる者がいるか、学園の警備体制を探ろうとする者がいるか)
「いいぞ。そういうことだ、長次」

 

 

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