Settlement(3)


「ほう、オーマガトキがね」
 横座りして陣内左衛門の報告を聞いた昆奈門が低く呟く。
「は。何回かに分けて売り渡しているようです。すでに一部はオシロイシメジ城に渡った模様です」
「困ったね。勝手なことをされては」
「オーマガトキはなりふり構わず売り渡し先を探しているようです。このままではオーマガトキの鉄砲隊解散の噂が広まりかねません」
 傍らに控えた陣内が指摘する。
「貧すれば鈍す、だね」
 ため息をついた昆奈門が、ストローで竹筒の雑炊をすする。「ま、今はオーマガトキはうちの大事な財源のひとつだ。防備の手薄に乗じて他の城に攻め込まれたりしては困る。これ以上の火縄の売り渡しはやめさせねばな」
「そのことについてですが」
 陣内左衛門が続ける。「忍術学園もこの取引に関心を持っているようです」
「ほう、忍術学園とは」
 思わぬ変数の登場に昆奈門が考え込むように首をかしげる。
「忍術学園は、オシロイシメジの動きからこの取引を嗅ぎ付けたようです」
「なるほどね。忍術学園はオシロイシメジの動きを追う理由があるというわけか」 



 

「ところで、なんで君たちがここにいるんだい?」
 当惑した表情で雷蔵が声をかける。
「それは、ぼくたち加藤村の馬借が硝石をはこぶことになったからでーす」
 団蔵が元気よく答える。
「アンドぼくたち一年は組も加勢にきました~!」
「うん、いや、まあ、ありがたいんだけどね…」
 雷蔵が言いよどむ。一年は組が絡んだ事件はたいてい結果オーライに終わるのだが、その過程では学園側の人間がダメージを受けることが多いのだ。
「ところで、庄左ヱ門はどうしたんだい?」
 は組メンバーのなかにその姿がいないのを認めた三郎が訊く。
「庄左ヱ門にはべつにやってもらうことがあるって先生がおっしゃってましたぁ」
 喜三太が指先でナメクジを遊ばせながら答える。
「…ということなんだけど、どうする、勘右衛門?」
 視界の端に勘右衛門になにやら囁いてすっと姿を消す三郎を認めた雷蔵がそしらぬ態で声をかける。
「いいんじゃねえの? みんなで行けば」
 いかにも勘右衛門らしくあっけらかんと答える。
「尾浜せんぱいもいっしょに行くんですかあ?」
 喜三太が見上げながら訊く。
「ん? いや、俺たちはちょっとやることがあるからな。その代わり兵助がお前たちと一緒に行く」
 説明しながら勘右衛門は兵助の背を軽くはたく。
「ああ。そういうことだから、お前たちもしっかりやるんだぞ」
 勘右衛門、八左ヱ門、雷蔵はこれからおとりの車借を狙いにかかるオシロイシメジの分遣隊の霍乱に向かう。そして三郎はまた別の場所に向かっている。いずれも一年は組たちには漏れてはならないことだったから、兵助は何事もないように声をかける。
「はぁ~い」



「あっれ? 堺から積むのは忍術学園向けの硝石だけじゃなかったんでしたっけ?」
 運び込まれる荷物を眼にした網問が素っ頓狂な声を上げる。
「ああ。予定が変わったらしいな」
 船縁に肘をついた航が気のない声で応える。
「あの箱はなんですかね」
 網問の視線の先では、厳重に封をされた重そうな木箱がいくつも福富屋の従業員たちの手で運び込まれている。
「俺も由良四郎さんたちが話してたのを聞きかじっただけだが、火縄らしいぞ」
「へぇ、あんなにたくさん…どっかで戦でもするんですかね」
「さあな。俺たちには関係ねえさ…さ、仕事仕事」
 つまらなさそうに言い捨てると、航は傍らに置かれた縄を担いで船尾の屋形へ向かう。
「あ、待ってくださいよ、航兄ィ」



「なに? 兵庫水軍の船に火縄銃が積まれているだと?」
 オシロイシメジ城の忍組頭が低く唸る。
「は。それも大量に」
 報告の忍が頭を垂れたまま呟く。盗聴を恐れているようなやりとりである。
「だが、その船には忍術学園がオーダーした硝石も積み込まれている、ということだったな」
「は」
 -どういうことだ…。
 腕を組んだ忍組頭はしばし考え込む。
 常識的に考えれば、兵庫水軍は忍術学園のほかからも危険物の運搬を請け負ったということだろう。しかも火縄も硝石も福富屋から搬入されているということだから、別の取引先への火縄の輸送を依頼することは十分ありうる。もしかしたら、忍術学園が銃を追加発注したとしても不思議ではない。
「組頭、これはチャンスでは」
 傍らに控えた副長の言葉を待つまでもなく、いろいろな可能性が組頭の脳内を駆け巡っていた。
 -この際、兵庫水軍の船に積み込まれた硝石と火縄を両方とも手に入れられれば…。
 組頭がのみならずオシロイシメジ城の忍組の多くが考えを同じくしていることだった。
 そもそもはロジスティクス担当が、何かの手違いで一般的な火縄銃ではなく歯輪銃(ホイールロック式銃)を調達してしまったことがケチのつきはじめだった。
 歯輪銃は火縄を使わないため、火や臭いで存在を悟られてしまうことがない利点はあったが、構造が複雑で故障が多いうえに値段が高いかった。当然ながら、火縄銃を使いなれた鉄砲足軽たちにとっては扱いにくい歯輪銃はきわめて評判が悪かった。だからこそ、オシロイシメジ城としても、厄介な歯輪銃を手放すと同時にオーマガトキ城の鉄砲隊のリストラに乗じて火縄銃を調達していた。それも、オーマガトキ城の動きが悪いので、必要な量を一気に手に入れるというわけにはいかなかったのだ。
 -おまけに、その動きの一端をよりによって忍術学園の忍たまに目撃されるとは…。
 ぎりと奥歯をかむ。
「いかがいたしましょうか」
 声を潜めて副長が訊く。ゆるゆると組んだ腕を解いた組頭が顔を上げると宣言する。
「よし。兵庫水軍の荷物をまるごといただく」
「「は!」」
 控えた忍たちが一斉に声を上げる。



「おやおや、こんなところで会うとはね」
 揶揄するような声が響く前から、伝蔵と半助は声の主の存在に気づいていた。
「お前たちこそなぜここにいるんだ」
 落ち着き払った声で半助が訊く。
「過去の放送を見てないのかね」
 覆面から覗く隻眼が細くなる。「オーマガトキは事実上ウチの管理下にある城だ。我々が見張っていて当然だ」
 オシロイシメジの使者を追跡してオーマガトキ城を望む丘の上の林までやってきた伝蔵と半助の前にあらわれた昆奈門だった。
「管理しているなら、オーマガトキが何をしているかくらい把握してそうなもんだな」
 半助が嫌味で返す。
「もちろん知っているとも」
 まったく堪えていないように昆奈門はさらりと受け流す。「それよりも、この件に忍術学園が絡む理由の方が知りたいね」
「教える義理はない」
 苛立ちを押さえながら半助が歯ぎしりをする。昆奈門にペースを乱されているのが口惜しいのだ。
「まあ、教えてやってもいいがそれは後の話だ」
 半助に代わって伝蔵が城に視線を向けたまま話す。「それより、タソガレドキとしても、オーマガトキの動きは封じておきたいのではないのかな?」
「それはそうだね…では、共闘するかね?」
「そこまでしていただくには及ばぬ…手出しさえしなければな」
「ふむ、なるほどね」
 勘定するように伝蔵と半助を隻眼で見据えた昆奈門が覆面の下でふっと鼻息をつく。「そっちがそれでいいというなら、我々の出番はなかろうな」
「ついでに言っておくが、今回は伊作も伏木蔵も登場しないからな」
 なおその場にとどまっている昆奈門の意図を見抜いた半助が憮然としたまま言う。
「なーんだ。つまんないの」
 露骨に失望した声で昆奈門が言う。「せっかく火縄の取引は明後日だよって教えてあげようと思ったのに…じゃーね」
 言い捨てると昆奈門はふっと姿を消した。
「…どう思いますか、山田先生」
 昆奈門が消えた方を睨みながら半助が訊く。
「まあ、おそらく間違いはない情報だろう…もちろん裏を取る必要はあるがな」
「ということは、兵庫水軍にも知らせておく必要がありますね」



「まずいな。これではオーマガトキとの取引日と重なってしまう…」
 兵庫水軍から硝石と火縄を奪うべく派遣されてきたオシロイシメジ忍者隊の分遣隊トップの副長は、新たに入ってきた情報に頭を悩ませていた。
「火縄の取引には我らからも手勢を出さなければなりません」
 参謀の一人が遠慮がちに指摘する。
「わかっておる」
 オシロイシメジ忍者たちの知る由もなかったが、伝蔵たちが掴んだオーマガトキとの火縄取引の日程はすぐに兵庫水軍にもたらされ、すでに堺を出港していた船にも陸上の連絡ポイントから知らされていた。だから船はあえてスピードを落として、水軍の本拠地への到着と火縄の取引日を合わせるようにしていた。
「このままでは勢力の分散は避けられません」
「だが、硝石と火縄をこのまま見過ごすこともできぬ…少しばかり小うるさいお子様忍者がうろついていたとしてもな」



 ごろごろ、と重く軋みながら何台もの荷車が進む。福富屋が手配した車借の一行が、兵庫水軍の本拠地から学園に向けて山道を進んでいた。そして、その先にはオシロイシメジ忍者隊の分遣隊が待ち構えていた。峠の隘路で車借の一行を襲う作戦だった。そして、その先遣隊を見張っていたのが雷蔵、勘右衛門、八左ヱ門の3人だった。
 実はオシロイシメジの分遣隊も、自分たちを見張る存在には気づいていた。それが忍術学園の忍たまであることもおおよそ見当はついていた。だが、大量の硝石と火縄を奪取しなければならないうえに火縄の取引に手勢を割いてしまっている以上、自分たちを見張っている連中を蹴散らすほどの余裕もなかった。いずれにしても相手は所詮少人数の忍たまなのだ。



「もうすぐ車借さんたちが通る頃だ」
「よし、手はず通りいくぞ」
 覆面をした3人が低く声をかわす。3人の作戦は、車借の一行が現れる前にオシロイシメジ分遣隊を撹乱することだった。
 -じゃ、そろそろやるか。
 雷蔵と八左ヱ門に目配せした勘右衛門がオシロイシメジ分遣隊に煙玉を投げ込む。
「ぐはっ」
「くそ! お子さま忍者だ!」
 猛然とした煙に包まれたオシロイシメジ忍者たちが慌てて覆面で顔を覆いながら戦闘態勢に入る。まさか忍たまたちが先制攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかった。
「ふざけやがって!」
 分遣隊の参謀の一人がいきりたつ。3人はちょっかいを出してきたと思うとすかさず退くの繰り返しで、その意図がつかめなかった。そうこうしている間に狙っている一行が来てしまうではないか。
「逸るな」
 副長がいさめる。「連中の狙いはわれらの戦力分散だ。車借の一部だけでも逃れさせるつもりだろう」
「ですが!」
 参謀が歯ぎしりする。姿を消した3人を探索していた兵たちが戻ってくるところだった。「車借の連中が来る前に蹴散らしておかないと、あいつら、また妨害してきます!」
「放っておけ」
 副長が山道に眼をやりながら言う。もういつ車借の一行が通りかかってもおかしくない時間だった。「少しばかり煩いが、お子さま忍者3人で我々に手出しなどできるものか。それより車一台でも取りこぼしのないようにするのだ。よいな」
「はっ」
 いやそうに参謀が言ったとき、「来たぞ」と見張りが声を上げた。副長と参謀が声の方に顔を向ける。牛に引かれた荷車の列が峠道を上ってくる。牛の背に直接くくりつけられた荷物もある。かなり長い列だった。
「手はず通り、お前たちは列の背後をふさげ。俺たちは先頭を襲う。いいな」
「「は」」
 副長の声とともに素早く展開した分遣隊が車借の一行の前後をふさぐように峠道に現れる。
「な、なにごとで…」
 車借の列の先頭にいた福富屋の手代がおびえたように声を上げる。
「荷物はいただく。お前たちには少しの間じっとしててもらおうか」
 覆面の下から副長がくぐもった声で告げる。「かかれ」
 同時に背後に控えていたオシロイシメジ忍者たちが刀を振りかざして襲いかかり、手代や車借の人足たちを道端の一画に追い詰める。
「こいつらを縛っておけ」副長の声に部下たちが縄を手ににじり寄る。そのとき、背後の木立ががさっと音を立てたと思うと一人の忍が苦無を手に踊りだしてきた。勘右衛門だった。
「くそっ、またお前か!」
 部下の一人が刀を振りかざして応戦しようとする。そのとき、列の後方が騒がしくなった。
「なにごとだ」
 副長たちが顔を向ける。立ち止まっていた牛たちが狂ったように鳴き声をあげながら足踏みしたり身をよじらせている。慌てて列の背後をふさいでいたオシロイシメジ忍者たちが駆け寄るが、暴れる牛たちに手の付けようがない。その間に荷車の轅が折れ、背にくくりつけた荷物が振り落とされる。
「なにをやっておる!」
 副長が怒鳴ったとき、部下の刀をかわした勘右衛門が懐から火のついた筒を取り出した。
「忍術学園保健委員会特製のもっぱんで~す」
 覆面から覗く眼がにやりと細められた。と同時に筒が副長に向けて投げつけられる。
「な、なんだと!?」
 慌てて身をかわした副長の背後でぼむ、と破裂音がしてもうもうと刺激臭を帯びた煙が立ち込めた。おとなしく立ち止まっていた牛が声を上げて一斉に駆け出そうとする。
 狭い峠道はもはや混乱の極みにあった。道端に放り出された荷箱や荷車の間を牛たちが鳴き声を上げながらてんでに動き回る。一部は制止しようとするオシロイシメジ忍者たちを振り切って峠道を駆け下りていく。「さ、こっちです」と勘右衛門が手代や人足たちを峠下へと誘導する。
「もいっちょ」
 煙を払いながら右往左往する牛たちの引綱を掴もうとするオシロイシメジ忍者に向けて、木立の上にいた八左ヱ門が点火したもっぱんを投げつける。同時に棒手裏剣を牛の尻に向けて放つ。ひときわ大きい声を上げた牛が後足立ちになるや、猛然とオシロイシメジ忍者や壊れた荷車を蹴散らしながら混乱の渦の中に突入する。



「あ、あの人…!」
 小さく声を上げた庄左ヱ門がぶるっと身体を震わせる。
「見覚えがあるのか」
 峠下の街道筋には、いかにも休憩しているように腰を下ろしている男たちがいた。伝蔵が低く訊く。
「はい…あの人、オシロイシメジ忍者から火縄を受け取った人です」
 -そのとき、ぼくはつかまっていた…。
 絶望的な恐怖の記憶がよみがえって身体の震えが止まらない。
「怖いことを思い出したんだな…大丈夫だ。山田先生と私がいるから、ぜったいにお前を怖い目になどあわせない。な?」
 半助が低く話しかけながら小さな背を撫でる。大事な生徒にここまで恐怖の記憶を植え付けたオシロイシメジに対する怒りが再びふつふつとたぎる。
「オシロイシメジが来ますぞ」
 不意に声が上がって、三郎を従えた鉄丸が現れる。オシロイシメジの動きを追っていたのだ。
「では、あの連中の顔を借りるとしますかな」
 にやりとした伝蔵が三郎に向き直る。「三郎、庄左ヱ門を連れてできるだけ峠上の風上に向かうのだ」
「はい」
 すぐに伝蔵の意を汲んだ三郎が「さ、こっちに来るんだ」と庄左ヱ門の背に手を当てながらそっと移動する。
「さて、風向きは…と」
 伝蔵が湿した指先を持ち上げる。「よし、いい具合だ」
「ではまいりますかな」
「はい」
 鉄丸と半助も懐から毒薬を仕込んだ扇を取り出す。
「さあさよい子だ、ねんねしな~♪」と口ずさみながら、峠下に向かってゆるやかに吹き下ろす風に乗せて霞扇の術をかける。



「待たせたな」
 峠下の待ち合わせ場所で座り込んでいる覆面姿の男たちに、オシロイシメジ忍者が近づく。「おい、なんで覆面なんてしてやがるんだよ」
「知らねえのか」
 座ってた男の一人が顔を上げる。「いまこっちの城下じゃ労咳(結核)で人がバタバタ倒れてんだ。だから俺たちも予防策で覆面を絶対に外すなと命令を受けているんだよ」
「げっ」
 オシロイシメジ忍者たちがたじろぐように足を止める。「それでお前たちは大丈夫なのかよ」
「神仏のご加護しだいさ」
 投げやりな口調で男が言う。
「それはそうと」
 オシロイシメジ忍者の一人が声を上げる。「例のブツはどこに隠してある?」
 取引に焦るあまり相手の素性に対する注意が散漫になっているオシロイシメジ忍者は、相手がまだエージェントだと信じている。手元の鉄砲足軽からひどく評判の悪い歯輪銃を損失覚悟の安値で買い取らせ、代わりに使い慣れた火縄銃を入手するためにはエージェントの仲介がどうしても必要だった。歯輪銃がどこに売られ、火縄銃がどこから来たかなどは興味がなかった。もっとも火縄はオーマガトキ鉄砲隊のリストラで放出されたものだから品質は確かだと聞かされていたが。そして前回の歯輪銃の引き渡しを受けて今回、火縄を引き取る約束になっていたのだ。
「ほう、ブツね…」
 言いながら立ちあがる男に、ようやくオシロイシメジ忍者たちが疑いの視線を向ける。
「お前…誰だ? 覆面を取れ!」
「では取らせてもらう!」
 座っていた2人も立ちあがりざま解いた覆面を投げ捨てる。
「お前たちは…」
 すでに抜いた刀を構えたオシロイシメジ忍者たちが呻くように言う。
「忍術学園教師、山田伝蔵」
 刀を構えながら伝蔵が名乗る。
「同じく木下鉄丸」
「同じく土井半助…私の生徒に何をしたか、憶えてないとは言わせないぞ!」
「くっ」
 ずいと前に進み出たオシロイシメジ忍者隊の参謀が笑いをもらす。「ということは、あのときの『商品』のガキは忍術学園の忍たまだったということか。ようやく合点がいったぜ」
 かちりと音を立てて刀を構え直す。「大坂屋の船のところにお前らがいた理由がな!」
 地面を蹴って刀を振りかざすオシロイシメジ忍者たちに伝蔵たちも応戦する。だが、オシロイシメジの劣勢は否めない。
 -くそ! なんだってこんなに刀が重いのだ!
 刀だけではなかった。身体全体がおもりをくくりつけられたようにひとつひとつの動きが重かった。
「わからんかな。いま、お前たちは身体がものすごく重いはずだ」
 防戦から攻めに転じながら鉄丸が言う。「霞扇にも気づかんとは、オシロイシメジも知れたもんだな」
「んだと!?」
 ついさっき、あんたたちのお仲間さんもここで我々の霞扇の毒を吸ったところだ。まだ毒の粉が舞っていても不思議はないわな」
「畜生!」

 慌てて鼻と口を袖で覆おうとするが、すかさず襲ってくる伝蔵の刀に慌てて応戦する。
「忍なら、霞扇のにおいくらい気づいてもよさそうなものだったな」
 伝蔵が斬りかかりながら勝ち誇ったように言う。
「で、いつまでここで我々と戦うつもりだ? ここにはお前たちが欲しがってる火縄など一挺もないのだけどな」
 別の忍と刀を交わしながら揶揄するように半助が言う。 
「くそっ! だが、我々が火縄を手に入れるのはここだけとは限らないのだからな」
 伝蔵の振り下ろした刀を受けながらオシロイシメジ忍者の参謀は吐き捨てる。
「それはどうかな」
 伝蔵がにやりとする。「硝石と火縄をまとめて手に入れる作戦など、果たしてうまくいくかな」
「どういう…ことだ…!」
 ようやく伝蔵の刀を弾きかえした参謀の目線がきつくなる。
「ま、いずれ分かるだろうよ」
「くそ! 退けっ!」
 刀を弾いた反動を利用して大きく後ろに飛びのいた参謀がそのまま背後の木立に姿を消す。仲間のオシロイシメジ忍者たちが続く。



「どこに行くんですか、先輩」
 森の中にずかずか踏み込んでいく三郎に、庄左ヱ門が心細げに問いかける。
「いいものがあったからさ、庄左ヱ門にも見せてやりたかったってこと」
 悪戯っぽい表情に、黙ってついていくしかないかと半ばあきらめた表情で庄左ヱ門が続く。



「これは…!」
 青ざめた庄左ヱ門が後ずさる。
「びっくりしたかい」
 後輩の背を受け止めた三郎が言う。「怖がることはない。私がいるんだから」
 そこにあったのは一台の荷車だった。荷台の荷物には筵がかけられている。あの日、庄左ヱ門が見たのと同じ荷姿だった。
「見てごらん」
 三郎が荷車に近づいて筵に手を掛ける。こわごわついていった庄左ヱ門は、その中身に思わず三郎の身体に顔をうずめる。
「これは…」
 筵の下には数挺ずつ束ねられた火縄が積まれていた。
「オシロイシメジが手に入れようとしていた火縄さ」
 乾いた声で三郎が言う。
「え? でも…」
 庄左ヱ門が戸惑うように声を漏らす。自分が見たのは、オシロイシメジが誰かに銃を引き渡す光景だったはずである。それなのに、また手に入れようとするとはどういうことか。
「庄左ヱ門が見たのは火縄のない特殊な銃だと言ってたよね。ここにあるのは普通の火縄だ。つまり、連中は特殊な銃を手放して火縄を手に入れようとしていた。庄左ヱ門が見たのは、その仲介人と取引するところだったといったところだろうね…いかがですか、先生」
 解説した三郎がふと振り返って背後の木立に呼びかける。
「そういったことだろうな」
 がさがさと藪をかき分けて鉄丸が現れる。伝蔵と半助が続く。
「ということは…」
 ふたたび庄左ヱ門が荷車に顔を向ける。
「よく見てごらん。これは普通の火縄だ。前回、君が見たものとは違うだろう?」
 ふたたび三郎が筵をめくり上げる。
「じゃあ、オシロイシメジは…」
「何も得なかったということだ」
 腰に手を当てた半助が言う。「庄左ヱ門が見たのはおそらく歯輪銃だ。オシロイシメジは結局、歯輪銃を手放しただけで代わりの火縄は手に入れられなかったということだ」
「そして、今頃おとりの車借を襲って失敗している頃だろうね」
 可笑しそうに三郎が続ける。
「なんだ。おとなしくニセモノの荷物をつかませておけと言っておいたではないか」
 呆れたように伝蔵が腕を組む。
「山田先生、まさかあの勘右衛門がそれだけで事を済ませてやるなんてお考えではないですよね」
 三郎が不敵に笑う。
「ったく…あれほどことを荒立てるなと言っておいたのに」
 伝蔵がぼやきながら首を振る。



「あの…なにをされているのですか?」
 荷車に何やら仕掛けている伝蔵たちに庄左ヱ門が訊ねる。
「よく見ておくんだ、庄左ヱ門」
 伝蔵たちの代わりに庄左ヱ門の傍らに立っている三郎が言う。「これからあの火縄を処分する」
「処分?」
 庄左ヱ門が三郎を見上げる。
「ああ。あの火縄はなかったことにする。だから庄左ヱ門も、あのことは早く忘れてしまうんだ。すぐには難しいかも知れないけど」
 庄左ヱ門を見下ろしながら三郎は語りかける。「庄左ヱ門ならできるよな。私の後輩なんだから」
「はい…がんばります」
 自信なさげに俯く庄左ヱ門の頭を、三郎が黙ったまま撫でる。その間にも伝蔵たちが仕掛けた火薬に半助が導火線を引く。
「長さはこのくらいでいいですか」
「ああ、そんなものですな…よし、みんな、もっと下がれ」
 声を上げた鉄丸は、皆が破片を避けて木陰に身を隠したのを見届けると半助に向かって頷く。
「では」
「はい」
 導火線に点火した半助も素早く飛びのくと、三郎たちが身を隠す木の影に飛び込んで、三郎にしがみついている庄左ヱ門の身体を守るように覆いかぶさる。数秒の息詰まる静寂の後、すさまじい爆音が轟いた。



「あ~あ、モッタイナイことするねえ、忍術学園は」
 陣内左衛門の報告を聞いた昆奈門が嘆息する。「オシロイシメジが手に入れようとした火縄を木っ端微塵に爆破しちゃったって?」
「は」
 陣内左衛門が短く答える。
「それでよかったのではないでしょうか」
 昆奈門の傍らに控えた陣内の言葉に、部下たちの問いかけるような視線が集まる。
「火縄がオーマガトキに戻っても我らに何のメリットもない。今は鉄砲隊をリストラしているが、いずれその火縄を我らに向ける可能性がないとは限らぬ。また忍術学園の手に渡っても同じこと」
「なるほど」
 陣内左衛門たちが納得したように頷く。
「ではなぜ、忍術学園はあの火縄を破壊したのでしょうか」
 尊奈門が訊く。
「それが忍術学園の忍術学園たるところだろうな」
 昆奈門が呟く。「たかだか一人の忍たまのトラウマを薄めるためだけにそこまでやる。それがあの組織の恐ろしいところだ、ということだよ」



<FIN>





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